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2014年3月 6日 (木)

正義の偽装(その27)

正義の偽装(その27)

第2章第2節2の「天皇と怨霊」について書き始めるにあたって

私は、2014年2月17日のブログ・・・
http://iwai-kuniomi.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-af2a.html
・・・で申し上げたとおり、政治家たるもの、特にリーダー的な政治家は、天皇が安心して靖国参拝ができるような状況を作るべく努力すべきであって、そういう状況が整うまでは靖国参拝は自粛すべきである、と考えている。

では、今後どのような状況を整えれば良いのか?それが大問題で、まずはそのことについて国民的な議論が巻き起こらなければならないだろう。私は、靖国神社における戦犯東条英機の分祀問題、日中戦争に対する歴史認識の問題、御霊信仰に基づく新たな儀式の問題などについて、私なりの意見を持っているが、それらについては今後機会を見てお話するとして、ここでは、靖国問題については今後国民的な議論が必要であるということだけを申し上げておきたい。

靖国神社はもともと御霊信仰に基づいて作られたものである。このたびの第2次世界大戦で戦死した人は、敵の爆弾や銃弾でなくなった人がほとんであろうが、栄養不足で死んだり餓死した人が少なくないと言われている。赤紙によってむりやり戦地に赴き、母を想い故郷を想いながら国を恨んで死んでいった人も少ないないだろう。そういう人の怨霊が今なお彷徨っている。そういう人たちのために、靖国神社では、御霊信仰に基づく新たな儀式が必要だ。いずれ機会を見て「御霊信仰」について詳しく書くつもりだが、とりあえずこれから「天皇と怨霊」というテーマで「怨霊」というものについて書き始めることとする。しかし、その前に、菅原道真の怨霊について深く知ることが怨霊というものを理解いただく上で必要かと思い、「天神信仰」について書いた。「平将門の挫折」と「浄蔵」という私のホームページも それに関連する大事な文書である。

したがって、怨霊について書き始める前に、この三部作を紹介していきたい。少し回り道をするような感じもしないではないが、しばらくおつきあい願いたい。

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