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2014年3月 4日 (火)

正義の偽装(その26第2章第2節3)

正義の偽装(その26)
第2章 天皇
第2節 私の天皇論(3)

1、律令制と天皇の「聖性」の確立・・・藤原不比等の深慮遠望
(2)天皇の「聖性」のつづき
それにしても、藤原不比等は、何と奥深い戦略を考えたものだと思う。彼は、自分の氏神としての鹿島神宮を物部氏から奪い取ると同時に、天照大神を祀る伊勢神宮を作った。そして、それと同時に、記紀において天照大神を中心に神々の物語を作った。いわゆる日本神話の誕生である。
日本にはさまざまな神がいる。不比等の頃の豪族は、それぞれにおのれの祖神を祀っていた。それらの神々を大事にしながら、かつ、天皇を中心に全体の秩序立てを図る神、それが天照大神である。女性の太陽神、天照大神でなければならないのである。河合隼雄が言うように、男性の太陽神ではダメなのである。本音と建前、それをうまく使い分けるのが日本人独特の知恵である。今ここでの脈絡から言えば、本音は各豪族の祖神。各豪族は本音で祖神に祈りを捧げながらも、建前としては、天皇の祖神、天照大神に祈りを捧げ、天皇に忠誠を誓うのである。これによって、朝廷の権威は揺るぎないものになる。不比等は、何と巧妙な社会構造を考え出したものであろうか。これが、河合隼雄の言う中空均衡構造である。
中空均衡構造については、私の論考があるので、それを紹介しておきたい。
http://iwai-kuniomi.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-8dca.html

このようにして、日本はすべて大和朝廷、実質的には藤原氏ということだが、中央権力の集中管理することとなった。藤原氏万全の体制が出来上がったのである。不比等ほど深慮遠望に長けた人は歴史上そうはいない。彼によって日本国の骨格ができたと言ってもけっして言いすぎではない。
なお、文武天皇2年(698)には、不比等の子孫のみが藤原姓を名乗り、太政官の官職に就くことができるとされた。不比等の従兄弟たちは、鎌足の元の姓である中臣朝臣姓とされ、神祇官して祭祀のみを担当することと明確に分けられた。このため、不比等が藤原氏の実質的な家祖と解することもできる。
日本では古来神祇を尊んで祭祀を重んじたため,古代中国の令制にはない神祇官を太政官とは別に置いた。しかし現実には太政官の八省と同格であり,その権能は小さかった。神祇官の長官は神祇伯といい,従四位下相当官。これは、太政官の常置の長官たる左大臣(正二位または従二位相当)よりはるかに低く、左大弁・右大弁(従四位上相当)、大宰帥(従三位相当)、七省の長官たる卿(正四位下相当)より下である。
天皇の「聖性」は、天皇の皇祖神である「天照大神」と神祇官による宮中「八神殿」における祭祀によって確立した。そして、それらの神々は史記の編纂によって誕生したのである。天皇の「聖性」の付与が史記編纂の目的といえばちょっと言い過ぎであるが、史記編纂にはそういう目的もあったのである。これら一連のことがらはすべて藤原不比等の深慮遠謀によってなされたのである。天皇の「聖性」は藤原不比等の深慮遠謀によって確立した、このことが私のいちばん言いたいことである。

神祇官と「八神殿」については、次にやや詳しく説明したので、それを是非ご覧頂きたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hassinden.pdf

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