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2014年2月11日 (火)

正義の偽装(その9第1章第3節2)

佐伯啓思の「正義の偽装」その9
第1章 自由主義と民主主義について
第3節 これからの日本の政治・・・民主主義について考える
2、古代ギリシャの民主政
 現代の民主主義・民主制・民主政は、古代ギリシアにその起源を見ることができる。デモクラシーの語源は古典ギリシア語の「デモクラティア」で、都市国家(ポ リス)では民会による民主政が行われた。特にアテナイは直接民主制の確立と言われている。またヘロドトスの『歴史』では更に寡頭制と専制を加えた三分類が登場し、プラトンやアリストテレスが貴族支配や君主支配の概念とともに整理した。ただし古代アテネなどの民主政は、各ポリスに限定された 「自由市民」にのみ参政権を認め、ポリスのため戦う従軍の義務と表裏一体のものであった。女性や奴隷は自由市民とは認められず、ギリシア人の男性でも他のポリスからの移住者やその子孫には市民権が与えられることはほとんど無かった。しかし、後に扇動的な政治家の議論に大衆が流され、政治が混乱しソクラテス が処刑されると、プラトン・アリストテレス・アリストパネスなどの知識人は民主政を「衆愚政治」と批判し、プラトンは「哲人政治」を主張した。後にアテネ を含む古代ギリシアが衰退して古代ローマの覇権となると、大衆には国家を統治する能力は無いと考える時代が長く続いた。
 さて、このような古代ギリシャの民主政は、フクヤマの基準に照らして言えば、現在でいうところの民主主義国家とはいえない。したがって、プラトンの考えは、古代ギリシャについては妥当な考えであったとして、少なくとも現在の民主主義政治を考える際には、やはり間違った考えであると言わないといけないように思われる。
 塩野七生など学識経験者で、今の政治に対し、哲人政治とまではいわなくても、強い政治を望む声が少なくないのも事実だと思うが、そういう人の考えには、プラトンなど古代ギリシャの知識人の考えが、潜在的に影響しているのではないか。かかる観点から、現在の政治を考える場合には、哲人政治を理想とするプラトンの考えはやはり間違った考えであると、声高に叫ばなければならないと思われるのである。私は、哲人政治を理想とするプラトンの考えは、現在社会においては抹殺しないといけないと考える次第である。
 私は、今の民主党政権が仮に衆愚政治に陥っているとしても、日本の政治が衆愚政治に陥っているとは思わない。リーダー不足はたしかではあるが、日本の民主主義はおおむねうまく行っているのではないか。プラトンの考えるような知性を持った国民ではないけれど、国民はそれほど馬鹿ではないということだ。

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