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2014年2月 5日 (水)

正義の偽装(その3「はじめに」3)

佐伯啓思の「正義の偽装」について

その3 「はじめに」3

「新自由主義」は,私に言わせれば,貧困問題を放置ないし軽視しがちであるという点で,大きな 欠陥を持っている。ポスト「新自由主義」は,ジョン・グレイの提唱する「自由主義」である。私は,それを「究極の自由主義」と呼ぶことにする。

このあと「究極の自由主義」というものを紹介するが,その前に 佐伯啓思の「自由と民主主義はもう止 める」のなかで『今日の先進国,特に日本の問題は,自由の抑圧というより「自由の過剰」から、貧困というより「過剰な物的幸 福の追求」から,価値による束縛というより「価値の崩壊」から生じているんではないでしょうか。』という考えに関連して、「幸福」ということについて触れておきたい。結局,政治というものは、国民みんなを幸せにす るためのものであるので,「幸福の方程式」が判ってないと間違いをおこす。

私の「幸福の方程式」は,「地域コミュニティ」とその「風土」に関する十分な知識と智恵がないと解けないのである。しかし、私の地域コミュニティ論と風土論 をここで述べているといくら紙枚が あっても足りないので,ここでは「 世界でもっとも大切にされるべき価値観とは、地域の人々とともに風土を生きるその充実感ではないか。」という問題提起だけをしておくこととする。 「幸福の方程式」については,山田昌弘の著作『幸福の方程式」(2009年9月,ディスカバー携書)によって勉強することとしたい。私の考えの補強になっ ている筈だ。

山田昌弘は,上記の著書で,「幸福」というものを「消極的幸福」と「積極的幸福」に大別し,私たちは「消極的幸福」から脱却できなければ次の「積極的幸福」 に向かっていけない旨主張している。「消極的幸福」とは,主として「貧困からの脱却」をイメージすれば良いと思う。その「消極的幸福」については,山田昌 弘の上記著作を読んでいただくとして,ここではあえて論じない。
ただし、今まで自民党が薦めてきた「小泉改革」というか「新自由主義」の欠陥を正すため,民主党の進めようとしている「新福祉国家」はそれなりに歴史的意義があるということだけは申し上げておきたい。 山田昌弘のいう「消極的幸福」は、憲法でいう「健 康で文化的な生活」のことであり、国はこれを保障しなければならない。小泉改革はこの問題の意識が希薄で自民党は国民の信頼をなくした。当然の帰結であ る。しかし,これは「新自由主義」を押し進めた自民党が悪いのであって「自由主義」が悪いのではない。本来,保守というのは,「歴史と伝統文化」を大事に しながらもそれに固執することなく,絶えず進化を続ける精神であり,自民党はその精神を忘れてしまったようだ。河合隼雄の言い方をかりれば,「歴史と伝統 文化」を大事にしながら、「矛盾システムを生きる」ことが肝要である。
もちろん民主党の政策にもいろいろ問題があって,はたして目論見どおり「新福祉国家」が実現するのかどうかは判らない。最大の問題は「財政」だと思う。私 は,やはり自由主義の立場に固執して「ポスト新自由主義」を構想しない限り,「新福祉国家」の実現は不可能だと考えているが,その点について説得ある説明 をすることは極めて難しい。当面,民主党の具体的な政策展開を見守ることとしたい。
ところで、「新福祉国家」を具体的に実現する課題については,渡部治,二宮厚美,岡田知弘、後藤道夫らの「新自由主義か新福祉国家か・・・民主党政権下の日本の行方」(2009年12月,旬報社)を読んで欲しい。

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