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2014年1月19日 (日)

四天王寺(その10折口信夫の小説「身毒丸」2)

知られざる四天王寺

その10 折口信夫の小説「身毒丸」2

今年五月の中頃、毎年行く伊勢の関の宿で、田植え踊りのあつた時、身毒は傘踊りという危い芸を試みた。これは高足駄を穿(は)いて足を挙げ、その間を幾度も幾度も長柄の傘を潜(もぐ)らす芸である。
苗代(なわしろ)は一面に青み渡つていた。家の近くの空き地に張つた幄帳(とばり)の白い布に反射した緑色の光りが、大口袴を穿(は)いた足を挙(あ)げる度に、雪のやうな太股のあたりまでも射し込んだ。関から鈴鹿を越えて、近江路を踊り廻つて、水口の宿まで来た時、一行の後を追うて来た二人の女があつた。それは、関の長者の妹娘が、はした女(め)一人を供 に、親の家を抜け出して来たのであつた。
耳朶まで真赤にして逃げるやうに師匠の居間へ来た身毒は長者の娘のことを話した。師匠は慳貪(つっけんどん)な声を上げて、二人を追ひ返した。何も知らぬ身毒は、その夜一番鶏が鳴くまで、師匠の折檻(せっかん)にあった。
夜があけて、弟子どもが床を出たときに、青々と剃られてしまった頭を垂れて、庭の藤の棚の下に茫然と佇んでいる身毒を見出した。源内法師の居間には、髪の毛を 焼いたらしい不気味な臭(くさ)いが漂(ただよ)うていた。師匠は晴れやかな顔をして、廂(ひさし)に射し込む朝の光りを浴びていた。しかし、それも間もなく、源内法師は、釈迦童子と渾名せられてゐる弟子の一人に肩を押されながら出て来た身毒の変つた姿を目にして、その途端、思わず暗い心になるのだった。

(岩井國臣のコメント:身毒丸の師匠・源内法師の心境:身毒丸の師匠・源内法師の心境は複雑だったようだ。女が身毒に懸想して家出をした事実を見て、彼は、身毒の父・信吉法師が女のために身を持ち崩してしまったことを思い出したのかもしれない。あるいは、それとは関係なく、身毒が今後清浄な生活を過ごしていくためには、美しい若衆の姿でいるのではなく、やはり他の弟子と同じように、頭を剃るべきだと考えた方が良いと考えたのかもしれない。あるいは、今まで自分が抱いてきた「少年愛」(注7)に対する自己反省から思わず暗い気持ちになったのかもしれない。身毒丸の師匠・源内法師の気持ちとしては、身毒にはいつまでも美しい若衆のままでいて欲しいし、いやそれではいけない、やはり身毒には十分修行に励むような条件を整えなければならない、そのためにはやはり頭を剃らねばならない、そんな複雑な気持ちであったようだ。)

注7:少年愛・・・少年愛というのは、男性が若衆に感じる愛であって、男色とは違う。少年愛で有名なのはプラトンであるので、そのホームページを紹介させていただく。身毒の師匠も、身毒があまりにも美しいので、プラトンの同じように、少年愛を感じていたのだろうと思う。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/eros07.pdf


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一颗心属于你很久,分开了依然爱着

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