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2014年1月26日 (日)

四天王寺(その17折口信夫の小説「身毒丸」9)

知られざる四天王寺

その17 折口信夫の小説「身毒丸」9

また、一人の中年男が、つけ添えた。
あほうなことを、ちんぴらが言うよ。瓜生野が気に入らぬ?? そんなこと、おまへが言い出したら、こちとらは、どうすればよい?? よう、胸に手置いて考へて見い! 師匠には、子のやうに可愛がられるし、第一もの心もつかん時分から居馴れてるぢやないか。何を不足で、そんなことを言い出すのだ。
けれどなあ、かういう風に、長道を来て、落ちついて、心がゆつたりすると、ひとところに、何やらこうたまらんような気がして、もつと幾日も幾日もぢつとしていたいという気がする。
と分別くさい声が応じた。
熱し易い釈迦は、もう向つぱらを立てて、一撃を圧しつける息ごみで怒鳴った。
何だ。利いた風はよせ。田楽法師は、高足や刀玉見事に出来さえすりや、仏さまへの御奉公は十分に出来てるんぢや、と師匠が言わしゃったぞ。田楽が嫌ひになつて、主、猿楽の座方にでも逃げ込むつもりぢやろ。
煮え立つような心は、鋭い語になつて、沸き上つた。身毒は、その勢(いきおい)にけおされて、おろおろとしている。相手の当惑した表情は、やや疑惑の心を燃え立たせた。
揺拍子(ゆれびょうし)。それを、円満井(えんまい)では、えらい執心ぢやと言うぞ。

(岩井國臣のコメント:雅楽は雅楽特有の拍子があるし、大和猿楽や田楽にもそれら独特の拍子がある。揺拍子というのは、源内法師率いる瓜生野座の伝統的な拍子であり、それは金春座でも重視されていたらしい。円満井は金春座に属す。金春座は、大和猿楽の中でも、一番歴史が古く、またそれだけに権威を持っていた。揺拍子は、拡張高く揺れるようなリズムで奏でられるので、その名があるのだろう。私は、縄文時代から継承された自然の中にとけ込むようなリズムであったのではないかと想像している。)

こればかりや瓜生野座の命ぢやろうて、坂下 や氷上の座から、幾度土べたに出額をすりつけて、頼んで来ても伝授さつしやらなんだ師匠が、われだけにや伝えられた揺拍子を持ち込めば、春日あたりでは大喜びで、いっぺんに脇役者ぐらいにや、とり立ててくれるぢやろ。根がそのぬつぺりした顔ぢやもんな。・・・けんど、けんど、仏神に誓言(せいげん)を立てて授(さずか)つた拍子を、ぬけぬけと繁昌の猿楽の方へ伝えて、寝返りうつて見ろ。冥罰で、血い吐くだ。・・・二十年鞨鼓(かっこ)や簓(ささら)ばかり打ってるこちとらにとつて、うつちやつては置かんぞよ。
(岩井國臣のコメント:鞨鼓は筒状の胴を持った太鼓の一種。雅楽でも使われる。)


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