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2014年1月27日 (月)

四天王寺(その18折口信夫の小説「身毒丸」10)

知られざる四天王寺

その18 折口信夫の小説「身毒丸」10

釈迦はとうとう泣き出した。自身の荒ら声は、胸をかき乱し、煽(あお)り立てた。
分別男は、長い縁側を廻りまわつて、師匠のいる前まで、身毒を引き出した。
源内法師は、目を瞑(つぶ)つて、ぢつと聞いていた。分別男の誇張して両方をとりもつた話ぶりにつられて、からだ中の神経が強(こわ)ばつていくように思われた。自身がまだ 氷上座に迎へられていなかった頃、瓜生野家の縁の日あたりで、若かつた信吉法師の口から聞かされた一途(いちず)な言葉を、目のあたりにまた聞かされているように感 じた。

(岩井國臣のコメント:神仏とご縁のある日のことで、この日は、神仏に対して、祭祀や供養が行われる。瓜生野家はそのような格式の高い家柄であった。)

彼の頭には、昔と今の事とが、一つに渦を捲(ま)いた。そうして時々、冷やかな反省が、ひやりひやりと脊筋に水を注いだ。彼は強いて、心を鎮めた。 そうして、顔もあげないでいる身毒の、著しくねび整うた脊から腰へかけての骨ぐみに目を落していた。
(岩井國臣のコメント:ねび整うとは、成長して姿形(すがたかたち)が整うことをいう。)

分別男や身毒の予期した言葉は、その脣(くちびる)からは洩れない で、唸るような言葉が、身毒のささくれ立つた心持ちを和(やわら)げた。
おまへも、やつぱり、父の子ぢやつたのう。信吉房の血が、まだ一代きりの捨身では、収まらなかつたものと見える。
こういふ言葉が、分別男や身毒には、無意味ながら悲しい言葉らしく響いて、語り終えられた。深い吐息が、師匠の腹の底から出た。
分別男は、疳癖(かんしゃく)づよい師匠にも似わわぬことと思えて、拍子抜けのした顔でいた。師匠ももうとる年で、よつぽど箝(かん)が弛(ゆる)んだようだと笑い話のようにして釈迦を慰めた。
あけの日は、東が白みかけると、あちらでもこちらでも蝉が鳴き立てた。昨日の暑さで、一晩のうちに生れたのだらう、と話しおうた。草の上に、露のある頃か ら、金襴(きんらん)の前垂を輝かす源内法師を先に、白帷子に赤い頬かぶりをして、綾藺笠をその上にかづいた一行が、仄暗い郷士の家から、照り充ちた朝日の中に出た。
(岩井國臣のコメント:綾藺笠は、い草を綾織りに編んだ笠。武士が狩猟や旅や流鏑馬のときなどに被った。)

綾藺笠さ うして、だらだら坂を静かに練つておりた。釈迦は、二丈あまりの花竿を竪てながら、師匠のすぐ後に従(したご)うた。
一行が遠い窪田に着いた頃、ぽつちりと目をあいた身毒は、すまぬ事をしたと思うて床から這ひ出した。衣装をつけて鞨鼓(かっこ)を腰に纏(まと)うていた時、急にふらふらと仰向けにのめったのである。鼻血に汚れた頬を拭うてやりながら、師匠は、もう暫らく寝て居れと言うた。



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