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2014年1月28日 (火)

四天王寺(その19折口信夫の「身毒丸」11)

知られざる四天王寺

その19 折口信夫の小説「身毒丸」11

身毒は、一夜睡ることが出来なかつたのである。今の間に見た夢は、昨夜の続きであつた。
高い山の間を上つていた。道が尽きて振り返ると、来た方は密生した林が塞(ふさ)いでいる。さらに高い峯が崩れかかりそうに、彼の前と両側に聳(そび)えている。時間は朝とも思われる。また、日中のようにも考へられぬでもない。笹藪が深く茂つていて、近い所を見渡すことが出来ない。流れる水はないが、あたり一体にしとつている。歩 みを止めると、急に恐しい静けさが身に薄(せま)つて来る。彼は耳もとまで来ている凄い沈黙から脱け出ようと、ただただむやみに音立てながら笹の中を歩く。

一つの森に出た。確かに見覚えのある森である。この山の入り口にかかつた時に、おつかなびつくりで歩いていったのは、この道であつた。けれども山だけが、依然として自分を囲んでいる。後戻りをするのだと思いながら行くと、一つの土居(防御のために築いた盛り土)に行きあたつた。それについて廻ると、柴折門(しおりもん)があつた。人懐しさに、無上に這入りたくなつて 中に入り込んだ。庭には白い花が一ぱいに咲いている。小菊とも思われ、茨なんかの花のようにも見えた。つい目の前に見える櫛形の窓のところまで、いくら歩いても歩きつかない。半時も歩いたけれど、窓への距離は、もと通りで、後も前も、白い花で埋れてしもうたように見えた。彼は花の上にくづれ伏して、大きい声をあげて泣いた。すると、すぐ近くに物音がしたので、ふつと仰むくと、窓は頭の上にあつた。そうして、その中から、くつ きりと一つの顔が浮き出ていた。

身毒の再寝(またね)は、肱枕(ひじまくら)が崩れたので、ふつつりと覚めた。
床を出て、縁の柱にもたれて、幾度もその顔を浮べて見た。どうも見覚えのある顔である。ただ、何時(いつ)か逢うたことのある顔である。身毒があれかこれかと考へているうちに、その顔は、段々と霞が消えたように薄れていつた。彼の聨想(れんそう)が、ふと一つの考えに行き当つた時に、跳ね起された石の下から、水が涌き出したやうに、懐 しいが、しかし、せつない心地が漲(は)つて出た。そうして深く深くその心地の中に沈んでいつた。

山の下からさつさらさらさと簓(ささら)の音が揃(そろ)うて響いてきた。鞨鼓(かっこ)の音が続いて聞え出した。身毒は、延(の)び上つて見た。しかしその辺(あたり)は、山陰になつていると見えて、それらしい姿は見えない。鞨鼓(かっこ)の音が急になつてきた。

身毒は立ち上つた。こうしてはいられないという気が胸をついて来たのである。


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