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2014年1月 7日 (火)

知られざる清水寺(その3清水寺の魔界性1)

知られざる清水寺
その3 清水寺の魔界性1

清水寺は全国有数の「聖地」であると同時に全国有数の「魔界」でもある。「聖地」必ず しも「魔界」と限らないが、「魔界」は必ず「聖地」でもある。そういう意味で、これか ら清水寺の知られざる魔界性について説明をしたい。まず、次の地図をクリックして欲し い。先に述べたように、「六道の辻」のアースダイバー地図を念頭にいうならば、「六道 の辻」からつづく松原通は、三年坂を経て清水寺の谷筋に至るが、ここも「六道の辻」と 同様に縄文時代からの死者の埋葬地であったのであり、まずその地理をしっかり認識して もらいたい。

http://www.mapion.co.jp/m/basic/34.991062279636516_135.78629017990048_9/
t=simple/icon=home,139.76050277,35.69250555

さて、この地図に「お休み処六花亭」というのが見えるが、その右側に、昔、鵺の塚とい われる「毛朱一竹塚(もうしゅいちちくつか)」というのがあった。この「毛朱一竹塚 (もうしゅいちちくつか)」について、私の尊敬する小松和彦(国際日本文化研究セン ターの所長)がその著「京都 魔界案内」(2002年2月、光文社)の中で次のように 述べている。すなわち、
『 三年坂にも、さまざまな理由で俗世間を離れた、「坂の者」などと呼ばれることにな る「無縁の者」たちが住み着いた。そんな人びとの間で語り出されたと思われるのが、た とえば「毛朱一竹塚(もうしゅいちちくつか)」をめぐる伝承である。平清盛は清水寺に 参籠して夢を見た。ある人に占わせると吉夢だという。果報を待つこと7日、内裏の宿直 (とのい)に当たっていた時、鵺とおぼしき怪鳥が出現して、闇の中を飛び回った。清盛 はこれを捕獲すると、小さな未知の鳥であった。これを占った陰陽師は、これもまた吉と 判じた。そこでこの怪鳥を大きな竹の筒に入れて、清水の岡に埋めた。これによって清盛 は安芸守(あきのかみ)に昇任した。また、天皇が病気になったときには、この塚に勅使 が来て、病気平癒の祭儀をしたという。「源平盛衰記」に見える話であるが、一説によれ ば、陰陽師にこの鳥の正体を占わせたところ、「毛朱」といって年老いた鼠の化け物であ ると判じたという。天皇が病気のときに、ここに勅使が来て祭祀めいたことをしたという のだから、きっと塚に葬られた妖怪のたぐいが祟(たた)りをなしたと判断したのだろ う。この塚は大正の頃まで三年坂の崖にあったという。つまり、平安時代から中世におい ては、このあたりは、退治さてもなお祟るような、恐ろしい妖怪の埋葬地であったのであ る。』・・・と。

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