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2013年12月23日 (月)

呪術と「まじない」

呪術と「まじない」

陰陽道の呪術は、大陰陽師の強烈なものと下層の陰陽師のものがあるけれど、大陰陽師の行った式神を使役しての儀式より、むしろ下層の陰陽師が行った呪術の方が今日の日本文化を作り出している。前者は現在完全に姿を消しているのに対し、後者は一般習慣としての「まじない」の他、それほど一般化していないが、それなりに行われている呪術があ
る。呪い(のろい)を「まじない」と言ったり、今それなりに行われている呪術を「まじない」と言ったりしている人も少なくなく、言葉として混乱がある。そこで、私は、「まじない」を習慣的なものに限定して、その他のものは、呪術と呼ぶこととする。今それなりに行われている呪術についてはどうでもよい。私が重大な関心を持っているのは、式神
を使役しての儀式のような強力な呪力を発揮しての儀式と日本文化と呼び得る習慣的な「まじない」である。
神道では宮司、仏教では和尚、修験道では修験者、キリスト教では牧師が行う祈りも呪術であり、信者に対して一般に広く行われているが、それらについてもここでは取り上げない。ここで取り上げたいのは、大陰陽師が式神を使役して行ったような大儀式と私たち一般の人間が行なう「まじない」である。現在は、大陰陽師はいなくなったが、大宮司、大
和尚、大修験者、大牧師はおられる。それら極めて強力な呪力を発揮し得る偉大な宗教家が執り行う大儀式の必要性については後で述べることとして、まず最初に、私たち一般の人間が行なっている「まじない」の必要性について話しをしておきたい。
日本の場合、私たち多くの人間は無宗教であるという。しかし、神社やお寺に行ってお祈りをすることはあるし、「まじない」は日常茶飯事にやっている。これが日本文化なのである。私は、私たちが日常茶飯事に行なっている習慣的な「まじない」の効用というか必要性についてまず話しをしておきたいのである。
祈りは神が私たちの願いを聞き届けてくれる。私たちはそう思って祈る訳だ。それでは、「まじない」に託する願いは、誰がそれを聞き届けてくれるのでしょうか?それをここではっきりしておきたい。
祈りに託す願いは、自分が祈る神がそれを聞き届けてくれる。しかし、「まじない」に託す願いはどんな神がそれを聞き届けてくれるのか? 「まじない」なんてものは、別段・・神に祈るというようなものではないので、それを聞き届けてくれる神なんていないのではないか? ところが、それがいるのですね。道教の最高神・天帝です。道教の最高神・天帝は世界最強の神である。このことについては、次のページを参照されたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sekaisai.htm

この神は凄く積極的なのです。著しく道から外れると「天罰」を下すし、正しい道を歩んでいる人には「天恵」を与える。また、何か一生懸命やっている人には「天命」を下すのである。皆のやっていることをよく見ている。だから、「まじない」をやっている人には、その願いをちゃんと聞いてくれる。世界広しといえどこんな神さんはいないでしょ
う。天帝というのはそれほど凄いのです。
そもそもまじないの起源は道教にあり、日本では、飛鳥時代の道教的な祭祀に始まったようだが、それが庶民のものとなったのは、下層の陰陽師が行った「まじない」からである。それら「まじない」が神道や仏教などの影響を受けて、変身しながら今日に至っているが、願いを聞き届けてくれる神が天帝であるという肝心な点は、元のまま変わっていな
い。現在、私たちが日常茶飯事に行なっている習慣的な「まじない」は、日本文化と呼び得るけれど、それは極めて道教的なものである。

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