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2013年12月14日 (土)

靖国問題(その5血盟団事件)

靖国問題

その5 血盟団事件

憲政常道による議会政治が始まったのは大正十三年であって、それから八年間は民政党、政友会の二大政党が交互に政権を握るという、憲政常道による議会政治が確立したかの加く見えた。 しかし、昭和7年5月に5・15事件が勃発し、犬養毅が、首相官邸において、白昼、軍人によって暗殺された。犬養毅は憲政常道による議会政治の最後の首相となったのである。 それからは日本は軍人に依る恐怖政治が行われ、遂に東条英機という首相を生み出すのである。ご承知の方も少なくないと思うが、いわゆる「血盟団事件」というのがある。この事件は涙なくして語れないのであるが、実は、五・一五事件勃発の切っ掛けを作ったのは「血盟団事件」であって、そういう意味では、血盟団事件は戦前の誠に忌まわしい事件である。私は、枢密院の存在と同時に、軍部の暴走を許したもう一つの原因だと考えている。

血盟団事件のことについては、私の電子書籍「祈りの科学シリーズ」の第7巻第6章「野生の思考と政治」の中で少し書いたので、それをここにアップしておく。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kyouwa06.pdf
私は結盟団事件の被告でありその後山本玄峰の直弟子となった四元義隆(よつもとよしたか)さんから「暗殺なんてものはやってはならない」ということをはっきりと聞いた。四元義隆さんのことは第2章第2節で書いた。今西錦司とは肝胆相照らす仲だったのである。四元義隆さんは私を今西錦司の系譜に連なる者と見ておられて,たびたび酒の席に呼んでいただいた。松尾稔君が今西錦司の直伝弟子であるので同席することが多かった。四元義隆さんは私らに暗殺はイカンと仰ってた。このことは皆さんに是非お伝えしなければならないだろう。四元義隆さんの言葉の意味は実に重い。

なお、私の電子書籍「祈りの科学シリーズ」の第7巻は、次のとおりである。
http://honto.jp/ebook/pd_25231960.html

ところで、四 元義隆さんのことについては、拙著「桃源雲情」(平成6年12月、新公論社、現在絶版)で少し触れたことがあるので、以下にその一節(p67 黒もじの杖)を紹介し ておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/kuromoji.pdf


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