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2013年12月31日 (火)

六道の辻(その3六道はん)

魔界京都・・・六道の辻あたり
その3 六道はん

六道の辻あたりはまさに典型的な「知のトポス」である。ぜひとも一度は出かけてみて いただきたい。 場所は加茂川の東、松原通りは東山通りを西に下りたところにある。河原町通りから歩 いても十分くら いだろうか。轆轤(ろくろ)町という。昔は髑髏(どくろ)町といって いたらしい。この地は、ずっと南にかけて鳥辺野(とりべの)といって、化野蓮台野(あ だしのれんだいの)と並ぶ葬送の地であったから、風葬の習慣がなくなってからも髑髏 (どくろ)があちこちに散在していたらしい。加茂川から東はそういう髑 髏の地であ り、六道の辻は言うなれば冥界への入り口であった。華やかな都の異境の地である。まず このことを念頭においてもらいたい。 劇場というのは、劇が演じられているから劇場であり、何も演じられていないときに劇 場に行っても意 味がない。それと同じように六道の辻も御盆のとき(8月7日~10 日)以外は何の変哲もない場所である。ところが、御盆にはがぜん様子が変わって刺激的 な 場所となる。かつては髑髏の地、冥界への入り口らしい雰囲気が醸し出される。 御盆のときには、地元では「六道はん」と呼んでいるが、六道詣りという精霊迎えの行 事が行なわれ る。六道はんとは珍皇寺のことをいうのだが、六波羅密寺や西福寺でも特 別回向が行われる。もちろん主役は珍皇寺である。珍皇寺の境内だけでなく松原通りにも 若干の店が出る。「幽霊飴」の店が出たりして昔の雰囲気がよみがえる、貴重な「知のト ポス」なのだから地元の商店はもう少しそれらしく演出をしたほうがいいので はない か?とつい思ってしまう。 門前の花屋で高野槙を買い求めて帰るのが習わしだが、最近では家に持ち帰らないで寺 に納める人も少 なくないようだ。精霊はその槙の葉に集まって家に帰るとされているの だが・・・・。誠に残念なことだ! 本来は御盆のあいだは家で祖先の精霊とともに過ご すものだろう。今は地獄の思想が疎かになっているので、家で御盆の行事をする家も少な くなった。このことがまさに問題なのであって、家とは何か、地域とは何か、 「場所」 とは何か、「場所の論理」とは何か......よくよく考えねばならないのではなかろうか。六 道詣りの活性化を図るべきだと私は思う。

では「六道まいり」に関する私のホームページをご覧頂きたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/6domairi.pdf

珍皇寺の公式ホームページは次のとおりである。
http://www.rokudou.jp/

六波羅蜜寺と西福寺については、このあと若干の補足説明をするが、とりあえず次のホー ムページをご覧頂き、全体の感じをつかんでいただきたい。
六波羅蜜寺: http://rokuhara.or.jp/
西福寺: http://komichin.blog80.fc2.com/blog-entry-308.html

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