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2013年12月15日 (日)

靖国問題(その6三つの重大な事実誤認)

靖国問題

その6 三つの重大な事実誤認


靖国問題については、我が国の歴史と伝統文化について、国民の共通認識ができない限りその解決はおぼつかない。それでは、私たちが持つべき歴史認識とはどういうものであるのか?それが問題の核心である。日本的精神とはどういうものであるのか、ということである。私たちが持つべき歴史認識とは、日本だけの独善であってはならないというのは当然であって、関係国の歴史認識との間にもし大きな違いがあれば、私たちの歴史認識について考え直す余地があるということであろう。歴史認識については、何よりも事実関係をはっきりさせなければならない。
私たちが持つべき歴史認識について、それが国民の共通認識となるためには、多くの国民が歴史的事実を正しく認識しなければならないのは当然である。しかし、日本国内には、三つの重大な事実誤認が大手を振ってまかり通っているように思われる。

第一は、大東亜共栄圏構想に関する事実誤認である。西欧列強の植民地を解放してその国の独立と発展を支援するという、「大東亜共栄圏」という構想を抱いた正義漢が日本にいたのは事実である。しかし、日本国として独立運動を支援するというよう事実はなく、日本は、西欧列強の植民地よりさらに苛酷な暴力支配を行った。300年余にわたる列強の支配の手法を一気に1~2年で行ったのである。日本が独立運動を支援したというのは、まったくの事実誤認である。
第二は、「真珠湾攻撃のルーズベルト陰謀説」というのがある。アメリカが資源の乏しい日本を禁輸で追いつめていったことは事実である。しかし、それは、日本がドイツとソ連との会戦に便乗して、日本軍がフランス領インドシナに進駐したなど、日本の政策の強引さに起因するものであって、アメリカが太平洋戦争の勃発を画策したというという「真珠湾攻撃のルーズベルト陰謀説」というのは事実に反する。保坂正康はそのように言っている。

以上のことは、保坂正康の「<靖国>という悩み」(2013年4月、中公文庫)に取り上げられており、それを読んでいただくとして、ここでは以上の指摘にとどめておきたい。中国との友好親善を進めるという立場から、今私は靖国問題を取り上げているので、その文脈から言えば、次の三つ目の事実誤認がもっとも重大である。これもまずは保坂正康の見解を紹介して、それ以降の勉強を始めることとしたい。保坂正康は次のように述べている。すなわち、
『 戦後(まもなくの)昭和史解釈では、表現は雑駁であるにせよ左派はともかくとして右派であっても、満州事変、そしてそれ以降の戦争の流れについて史実の記述では、(実証を重んじるという点で)一定の了解があったのだ。昭和史論争の後、昭和史の解釈では、いわば実証的な検証を行う研究者や作家、ジャーナリストも登場して、ここの史実についてはさらに深く解明される方向に向かった。』・・・。

しかし、現在では、実証性を重んじて日中戦争を語る学者や作家、ジャーナリストが少なくなった。したがって、靖国神社の遊就館におけるひん曲がった歴史観が一人歩きするようになるのである。これを許していたのでは、保坂正康が言うように、「いずれ靖国神社そのものが国民からは浮き上がった存在になるのではないか。」・・・と思われる。したがって、私は、遊就館に見られるような「ひん曲がった歴史観」を抹殺するために、この際、日清戦争から始まる日中戦争について、中国人の歴史観に重大な関心を持ちながら、じっくり日中戦争の流れというものの勉強をしたいと思う。次回からしばらくその勉強である。

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