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2013年11月24日 (日)

伊勢神宮の道教遺跡(その1神とのインターフェイス・聖山)

伊勢神宮の道教遺跡
その1 神とのインターフェイス・聖山

聖山というものは、神との有力なインターフェイスである。
仏教世界観は、それを前提とした世界観であるが、最初に聖山を神との有力なインターフェイスとして重視したのは、シバ教である。世界最古の宗教・シヴァ教の聖なる山を中心とした宇宙観を持っていた。そのことについては、すでに「明日香の道教遺跡」その2「道教思想の顕われ・山形石と石人像」で述べたが、これがもっとも大事なところであるので、もう一度ここに述べておきたい。

須弥山(しゅみせん、サンスクリット:Sumeru)は、古代インドの世界観の中で中心にそびえる山。インド神話ではメル山、メルー山、スメール山ともいう。これらの山は、古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なる山である。この世界軸としての聖山はバラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教にも共有されているが、世界最古の宗教と言われているシヴァ教において、どのような世界観を持っていたか、それをここに紹介しておきたい。アラン・ダニエルーの「シヴァとディオニソス・・・自然とエロスの宗教」(2008年5月、講談社)に、シヴァ教の世界観の中で中心にそびえる聖なる山について次のようにのべらている。すなわち、
『 シヴァの楽園のあるカイラス山は、素晴らしく美しい庭で覆われている。そこでは、ありとあらゆる種類の動物、ニンフ、精霊といった仲間たちが神を取り巻いている。この悦びにあふれる場所には、幸福をもたらすすべてがある。裸身のヨーガ修行者の格好をしたシヴァも、そこで暮らしている。「シヴァ・プラーナ」のルドラ・サンヒター18章)』
『 カイラス山は、シヴァの住まう光り輝く至福の山である。』
『 人間の世界で、シヴァは半狂人の物乞いとしてあらわれるが、神々がカイラス山を訪ねると、シヴァは眩しいばかりに美しいすがたに変わる。』
『 ヒンドゥー寺院は山を表象する。聖域の鐘楼や尖塔を見ると、山のファロス的な外貌が連想される。山という魔術的な場に近づく時、人は畏敬を感じる。そこは神々が住まう場所、賢者が聖なる霊感を授かるためにこもる場所である。』・・・と。

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