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2013年11月 3日 (日)

習 近平に期待するもの(その1習 近平という人物について)

習 近平に期待するもの

1、習 近平という人物について

「習 近平の密約」(加藤隆則と竹内誠一郎の共著、2013年4月、文芸春秋)では、習 近平という人物について、次のように述べられている。

『 新華社通信は、習 近平が人民解放軍所属歌手・彭 麗媛と「一目惚れ」で結ばれたエピソードの他、「どんなに遅くなっても、毎日、少なくとも一回は妻と電話で連絡を取り合っている」ことや、毎年、旧正月の大晦日には、妻が出演する年越し番組を見ながらギョーザを作り、妻の帰宅後、一緒にゆでて食べる習慣も紹介している。彭 麗媛も「夫と一緒に家にいるときは、料理の腕を振るって、夫の口に合う食事を用意するよう心を砕いている。(中略)彭 麗媛は、「習の好物は陜西省や山東省の家庭料理で、友人と酒を飲んで盛り上がったりすることが多い。彼は水泳や登山が好きだが、時には夜遅くまでテレビでバスケットやサッカーのスポーツ番組を楽しんだりしている。」と習 近平の素顔を伝えている。』

彭 麗媛は、日本で言えば美空ひばりのような超有名歌手である。彼女の歌声を聴いてみよう!
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=b8KV6Qp8ldI

彼女は将軍でもあるが、さすがにその軍服姿も素晴らしい!
http://matome.naver.jp/odai/2136436225704738201

また彼女のファーストレディーぶりは、品と貫禄があって、しかも美しい!
http://j.people.com.cn/94474/8192810.html

次に、矢板明夫がその著「習 近平・・・共産中国最弱の帝王」(2012年3月、文芸春秋)で述べる人物像を紹介する。彼は次のように述べている。すなわち、

『 習 近平を知る人の話や、香港などで出版されている習 近平に関する書物の中には、さまざまな習 近平評がある。共通しているところは、物事に対し、自分の考えや意見をはっきりと持っており、それを押し通そうとする執念を持っていることだ。』

『 習 近平には胡 錦濤が持っていない強引さがある」とは多くの中国の政府関係者の共通認識である。』

『 習 近平を良く知るある共産党古参幹部によれば、中国の歴代の指導者には概ね二つのタイプがある。毛沢東と鄧小平は時代を切り開く革命家であり、江沢民と胡 錦濤は経済発展を重視する官僚だが、習 近平はそのいずれでもない。「若い頃は苦労したかも知れないが、しょせんお坊ちゃんだ。正直に言うと、彼に中国を任せることには不安がある。この老幹部に限らず、多くの共産党関係者は、習 近平という今までにないタイプの指導者が今後、多くの矛盾を抱える巨大な中国の舵をうまくとれるかどうかについて大きな不安を抱いている。習 近平は共産党内の厳しい権力闘争の中で、有力者が一人づつ消えていく中、各派閥の妥協の結果、たまたま残った人物であり、党内の支持基盤はけっして盤石なものではなく、その政治手腕も未知数だからだ。(注:矢板明夫は「たまたま残った人物」だというけれど、私は「残るべきして残った」と考えている。確かにその政治手腕は未知数だが、未知数ということは大いに可能性もあるということであって、私が習 近平に大いなる期待を持っている所以である。』

さらに、芹沢勤はその著「習 近平の正体」(2010年4月、小学館)で、習 近平のブレインについて、次のように述べている。すなわち、

『 中国共産党60周年を祝う国慶節(2009年10月1日)前後に、習 近平は多忙を極めた。外賓のラオス共産党書記長やカンボジア国王、アルメニア外相と立て続けに会談し、北京では引退幹部と接見した他、青少年団体による科学技術普及の催しに参加し、さらにロシア国境に近い黒竜江省ハルピンまで足を運んで大慶油田の50周年記念行事で講演。この間、党中央委員会総会に出席し、香港やマカオで行なわれた建国60周年記念座談会にメッセージを送るなど、ほとんど休みがなかった。そんな激務の習 近平に影の如く寄り添う人物がいた。筆頭秘書の鐘紹軍である。(中略)彼は地方大学出身である。鐘紹軍は習 近平が浙江省党委書記時代に採用した秘書で、もともとは浙江省の党委員会に勤務しており、二人には同郷であるとか、大学の同窓とか、有力な幹部に推薦されたといった特別の関係は一切ない。国家副主席を兼ねる習 近平ほどの最高幹部になれば、党中央弁公庁勤務の有能な官吏が秘書としてつくのが通例だ。そうした慣例を無視し、中条の基準に合わない地方出身者を筆頭秘書として使い続ける辺りに、習 近平の部下を評価する基準が垣間見える。習 近平は、けっして情に流されて長年の部下を使い続けている訳ではない。有能であれば新たな部下の採用にも積極的だ。習 近平は次代を担う若手幹部の教育機関、中央党校の校長を兼務しているが、4人いる副校長の一人として、64年生まれで45才の李書磊を任命した。中央党校の副校長は中央官庁の次官クラスに当たり、他の三人はいずれも60代。李書磊は異例の抜擢人事だった。李は14才で北京大学の図書学科に入学し、「神童」と呼ばれたほどの俊英で、24才で文学博士を取得した。その後、党校で文学史を教えるほか、教務部や養成訓練部といった中枢部門の責任者を歴任。この間、91年から93年間での2年間、河北省秦皇島市青龍県の党委副書記を務め、2004年2月からの二年間は、「秦の兵馬俑」が出土したことで知られる陜西省西安市の党委副書記をこなすなど行政経験も積んでいる。地方勤務が長かった習 近平は、李が単なる中央のエリートではなく、地方を経験している点を重視して副校長に抜擢したのではないだろうか。習 近平は党校校長として若手幹部を前にしばしば講演し、国家副主席としては各地の視察で講話を行なう機会が多いが、ほとんどの草稿は李書磊が準備していると言われる。李書磊は習 近平を支えるブレーンの中心といっても過言ではない。』


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