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2013年11月27日 (水)

伊勢神宮の道教遺跡(その4伊勢神宮の聖山・朝熊山)

伊勢神宮の道教遺跡
その4 伊勢神宮の聖山・朝熊山

以上に述べてきたように、聖なる山は 神との有力なインターフェイスであり、そこで祈りが捧げられたのだが、頂上に登山するには大変なことであり、日常的な祭祀はその聖山の「里宮」で行なわれたのである。多分、伊勢神宮がそうだろう。

「日本の道教遺跡を歩く」(福永光司、千田稔、高橋徹共著、2003年10月、朝日新聞社)では、伊勢の聖山・朝熊山について、次のように述べている。すなわち、

『 神仙世界から波が寄せてくる国、そこにそびえる霊のより来る高山ともあれば、古代の人たちが朝熊山を特別な山と見なしたことはうなずけよう。そのことがわかれば皇祖神天照大神を祀った伊勢神宮がなぜ朝熊山の近くにあるのか理解できる。』

『 遣唐使たちが訪れた長安城の南郊には、終南山という山がそびえ、その北麓には、唐の皇室、李氏の遠祖とされる老子をまつった宗聖観が建っていた。皇室の遠祖をまつる宮殿を「神宮」と呼ぶことは中国最古の歌謡集「詩経」の魯頌(ろしょう)「閟宮(ひきゅう)」の神楽歌につけられた鄭玄(じょうげん)の注に「周王朝の遠祖たる姜嫄(きょうげん)の霊の寄る所、故に廟を神宮と曰ふ」とあるのにもとづく。終南山にある道教寺院・宋聖観とは神宮のことなのである。その神宮である宋聖観のそばを田峪川(でんよくがわ)が流れている。この山と川の関係が伊勢にも当てはまる。田峪川に代わるものは、もちろん五十鈴川である。』

『 聖なる山と、清浄な川を特別に意識して、宋聖観のような祭祀の場所を作るのは、中国の南北朝、隋唐時代の道教の特徴であった。遣隋使、遣唐使たちの見聞を通じて、大和朝廷の高官たちはそのことを知っていたにちがいない。伊勢神宮の造営に、この道教思想が大きな影響を及ぼしたことは想像に難くない。』・・・と。

伊勢の聖山・朝熊山からの眺望は素晴らしい!少し前に出れば足元に「二見が浦」が見えるし、伊勢湾口の「神島」が、そして渥美半島の向こうに「富士山」が見える。「富士山」の左先に、鹿島神宮がある。ご来光を拝むと、それは自ずと鹿島神宮を拝んでいることになる。
朝熊山には、山頂近くに、金剛証寺という古寺がある。創建は6世紀半ば、欽明天皇が僧・暁台に命じて明星堂を建てたのが初めといわれているが、定かでない。「日本の道教遺跡を歩く」(福永光司、千田稔、高橋徹共著、2003年10月、朝日新聞社)では「飛鳥時代には、すでに信仰の場となっていたらしいという寺伝もある。」と述べているが、藤原不比等が皇祖神「天照大神」を祀りはじめたときには、朝熊山が信仰の場になっていたことは間違いないと思う。その後、平安時代の825年(天長2年)に空海が真言密教道場として金剛證寺を中興したと伝えられている。金剛證寺はその後衰退したが、14世紀末の1392年(明徳3年)に鎌倉建長寺5世の仏地禅師東岳文昱(とうがくぶんいく)が再興に尽力した。これにより東岳文昱を開山第一世とし、真言宗から臨済宗に改宗し禅宗寺院となり、現在に至っている。
朝熊山付近では江戸期以降、宗派を問わず葬儀ののちに朝熊山に登り、金剛證寺奥の院に塔婆を立て供養する「岳参り」「岳詣(たけもうで)」などと呼ばれる風習が始まったが、地元では現在もその風習は無くなっていないようだ。
1925年(大正14年)にケーブルカーが開通、昭和になってからは内宮前から登山バスが運行されるなどで朝熊山へ登る人が激増したが、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)ケーブルカーの線路が軍用のため金属供出により徴収され廃線となり、一般の朝熊山への入山が禁止され金剛證寺は衰退した。戦後には伊勢湾台風などで被害を受けるなど衰退の一途をたどった。1964年(昭和39年)の伊勢志摩スカイライン開通後には参拝客も再び急増し、1979年(昭和54年)に仁王門が再建されるなど、往時の賑わいを超えるまでに復興した。皆さんも、お伊勢参りの折は、是非、朝熊山に登り、金剛証寺にお参りされると良いと思う。

「日本の道教遺跡を歩く」(福永光司、千田稔、高橋徹共著、2003年10月、朝日新聞社)では、次のように述べている。すなわち、
『 この朝熊山は、霊魂が集まる山とされ、今も篤い信仰に支えられている。近年までは、南伊勢と志摩半島一円では、男女とも13才になると、1月13日に朝熊山に登る習わしがあった。いわゆる十三参りと呼ばれる成年式儀式である。また死者を埋葬した翌日、霊をこの山の奥の院に送るため岳参り(だけまいり)を行ない、慰霊供養したのち死霊をシキビの枝にのせて帰村する。』・・・と。

では、朝熊山・金剛証寺のホームページを紹介しておこう。
http://www.iseshimaskyline.com/kongoushouji.htm
http://guide.travel.co.jp/article/958/

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