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2013年10月11日 (金)

南京虐殺(その1百花繚乱)

南京虐殺について(その1百花繚乱)

南京大虐殺紀念館は、中華人民共和国の博物館。中国での正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」。日本では、屠殺を虐殺と訳して南京大虐殺紀念館と呼ばれる。抗日記念館の代表格として中国共産党により愛国主義教育基地に指定されている。

この南京大虐殺記念館については、中国政府の鄧小平ならびに中国共産党中央委員会が、全国に日本の中国侵略の記念館・記念碑を建立して、愛国主義教育を推進するよう指示を出したことから建設の動きが始まる。すなわち、この支持を受けて、1983年、中国共産党江蘇省委員会と江蘇省政府は南京大虐殺紀念館を設立することを決定し、中国共産党南京市委員会と南京市政府に準備委員会を発足させた。鄧小平は1985年2月に南京を視察に訪れ、建設予定の紀念館のために「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」の館名を揮毫し、鄧小平の視察直後に紀念館の建設が着工され、抗日戦争終結40周年に当たる同年8月15日にオープンした。南京大虐殺記念館の建設目的は、愛国主義教育と言われているが、この愛国主義ということについては注意を要する。私は、政府側の期待する「愛国心」とは現政府に対する「忠誠心」と理解している。イデオロギー的なものでなく、純粋な意味での愛国であれば良いのだが・・・。

日中両国の歴史研究者交流を進めている東京財団主催の講演会が2007年1月30日、東京都港区の日本財団ビルで行われ、程兆奇・上海社会科学院歴史研究所教授と張連紅・南京師範大教授が中国における南京事件研究の現状などを紹介した。
南京事件は日中間の歴史認識の隔たりの最大のテーマのひとつ。中国では「日本軍国主義のシンボル」と位置づけられ、南京軍事裁判で示された30万人の犠 牲者数は「南京大虐殺記念館」にも刻まれている。これに対し程教授は「現在の資料で犠牲者数を確定することはできない」と述べ、30万の数字が学術的根拠 を欠くことを認めた上、今後、幅広い学術研究を進める考えを示した。

南京軍事法廷は、1946年に蒋介石率いる中国国民党政府によって開かれた戦犯裁判である。中国で戦争犯罪を犯したと目された日本軍関係者が日中戦争中の行為をもとにこの法廷で裁かれた。南京事件関連では、第6師団長谷寿夫、同師団の歩兵第45連隊中隊長田中軍吉、および、戦時中の新聞で百人斬り競争を実施したと報じられた向井敏明少尉と野田毅少尉が起訴され、谷が1947年4月に、残る3人が1947年12月に死刑判決を受け、処刑された。判決では「被害者総数は三〇万人以上に達する。」と認定され、現在の中国政府が主張する犠牲者三十万人以上説の根拠となっている。

両教授によると中国で南京事件の研究が始まったのは1980年代以降。当時、南京に在住した外国人や中国人の日記、生存者の目撃談など28巻1,500万字分の資料が集まっており、年内にはさらに20巻の資料が整備される予定という。
 「学術的根拠がないのなら虐殺記念館の30万人の数字は削るべきではないか」との会場からの質問に、張教授は、「一学者として決められる問題ではないが、自分が経営しているのであればこの数字は使わない」と答えた。

 歴史問題は日中間の最大の政治問題にもなっており、さらに日中の共同研究を進めるべきであろう。
現在、日本では、南京虐殺についてさまざまな説が百花繚乱のごとく乱舞している。その詳細については、ウィキペディアに解説されているので、それをご覧戴くとして、ここでは、 そのような南京大虐殺論争に対して、各方面の識者から批判がなされていることを指摘しておきたい。その代表的なものは、次の通りである。
心理学者の中山治は、「互いに誹謗中傷、揚げ足の取り合いをし、ドロ試合を繰り広げている。事実をしっかり確認するどころの騒ぎではなくなっているのである。こうなったら残念ながら収拾が付かない。」と論評している。
政治学者の藤原帰一は、 論争は「生産的な形を取ることはなかった。論争当事者が自分の判断については疑いを持たず、相手の判断を基本的に信用しないため、自分の偏見を棚に上げ て、相手の偏見を暴露するという形でしか、この議論は進みようがなかったからである。(中略)新たな認識を生むというよりは、偏見の補強しか招いていな い」と論評している。
と学会会長の山本弘は、 この論争は学術論争ではなくイデオロギー論争であり、左寄りの論者(30万人虐殺肯定派)は、中国人の犠牲者数を多くしたいために、「南京」「虐殺」の範 囲を広くしようとし、右寄りの論者(30万人虐殺批判派)は、中国人の犠牲者数を少なくしたい(なかったことにしたい)ために「南京」「虐殺」の範囲を狭 くしている。論争の当事者達は歴史の真実を知りたいのではなく、自分たちの信条を正当化したいだけである、と論評している。


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