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2013年10月20日 (日)

司馬遷の史記について(その3その本質)

司馬遷の史記について
3、司馬遷の史記の本質

「白川静の世界Ⅲ・・・思想・歴史」(2010年9月、立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所)により、司馬遷の史記の本質について説明しておきたい。

「巫(ふ)」とは神との交流を受け持つ人(シャーマン)のことで、「史」とは神との交流のために書かれた記号(書物)である。「巫」は言葉を発する。「史」は言葉を書いたものである。その違いはあるが、両者とも神との交流を目的としている。したがって、両者とも、古代における権力は大きかったのである。
「史」は祭儀の由来である神々の物語の伝承者でもあり、故事の伝承者、語り部としての一面を持っていた。春秋時代、「史」は最高の知識人として古典に通ずるのみならず、言行にも優れ、君主に訓言を与える存在であった。「巫」と「史」は、祝詞(のりと)による「祈り」を主とするものであった。「史」は祭祀儀礼や古伝承を担当したが、祭政分離が進む中、知識階層として伝承記録を掌るものとなる。春秋時代の「史」の特質として、博学と伝統の熱烈な擁護者であるとの二点が挙げられる。

ところで、日本の記紀(古事記と日本書紀)は史記の影響を強く受けているらしい。そのことについては、http://www.geocities.jp/toryon33/kodaishi2.html に詳しく説明されている。その研究論文では、「馬子・蝦夷・入鹿」という名称が「史記」の李斯列傳にある趙高の逸話に由来すると言っているし、日本書紀には史記・漢書・後漢書・魏志・梁書・隋書・淮南子・芸文類聚・文選からの潤色が数多く見られるので、それらの漢籍が史官たちの横にあったのは事実であると言っている。 森博達(もりひろみち)の『日本書紀の謎を解く 述作者は誰か』(中公新書)によれば、 記紀の中に中国人・続守言と薩弘恪の手になる部分が少なくないことは明らかであるという。

私は、記紀の神話編は完全に神との交流を目的にした「史」であると思う。記紀も、「史記」と同じように無限に「増殖しうる書物」としての価値を持っており、今後、記紀をもとにして大いに 哲学的な思索が重ねられていくことを期待したい。記紀に関する優れた研究としては、河合隼雄の「神話と日本人の心」(2003年7月、岩波書店)がある。

なお、上記の研究論文を掲載しているホームページは素晴らしく、今後私の勉強の糧にしたい、そのことをこの際申し添えておく。
http://www.geocities.jp/toryon33/

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