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2013年9月28日 (土)

満州事変(その2)

満州事変(その2若槻禮次郎)

若槻内閣は南次郎陸相、金谷範三参謀総長らとの連携によって、関東軍の北満進出と錦州攻略を阻止しようとしていたのであるが、もはや軍部は、内閣総理大臣の言うことを聞か
ず、独りよがりの暴走をし始めていたのである。そのことについては、若槻禮次郎の自伝
の中で次のように述べている。すなわち、
『 昭和六年の九月初めのある朝、私は驚くべき電話を、陸軍大臣(南次郎)から受け
た。それによると、昨夜九時ごろ、奉天において我軍は中国兵の攻撃を受け、これに応
戦、敵の兵舎を襲撃し、中国兵は奉天の東北に脱走、我兵はいま長春の敵砲兵旅団と戦を交えつつある、という報告であった。これがいわゆる満州事変の第一声であった。そこで
政府は、直ちに臨時閣議を開き、事態を拡大させないという方針を定め、陸軍大臣をし
て、これを満州の我軍に通達させた。これは我国が、九国条約や不戦条約に加盟している
ので、満州における今度の出来事が、それに違反するかどうかを確める必要があるので、
その間事態の拡大を防ぐのが当然であるから、その措置を取ったのであった。それから政
府は毎日のように閣議を開き、陸軍大臣を促がし、命令の不徹底を責めたのであるが、満
州軍の行動は、政府の命令にも拘らず、ますます、進展してやまなかったのである。』
『 それから政府は毎日のように閣議を開き、陸軍大臣を促がし、命令の不徹底を責めた
のであるが、満州軍の行動は、政府の命令にも拘らず、ますます、進展してやまない。私
はそこで、杉山陸軍次官、二宮参謀次長を官邸に呼寄せ、満州軍の行動は、日本の対外的立場を甚だしく不利にするもので、国家のため憂慮に堪えない。両君は大臣及び総長を扶けて、政府の命令が必ず実行されるよう、取計らわねばならないと、厳重に訓令した。一
方私は、貴族院議員大島健一君が、かって陸軍大臣であり、陸軍の先輩であるから、満州
に行って、軍を説得して貰いたいと、同君に依頼した。大島は一たん承諾したが、二、三
日後、健康上の理由で謝絶して来た。参謀本部では、満州軍を戒めるというので、部長の
建川英次少将を満州に出張させた。その建川が、満州軍を取締ったのか、あるいはこれに
同調したのか、私は知らない。満州軍が事を起したときは、満州の我軍は一個師団ばかり
であったろう。それで満州軍から林銑十郎朝鮮軍司令官に援兵を求め、林は直ちに二個師団を満州に派兵した。』
『 元来、軍隊を外国に派遣するには、勅裁を受けなければならない。然るに朝鮮軍司令
官は、この手続を経ないで、派兵してしまった。そこで金谷参謀総長は参内して、事後の
御裁可を仰いだ。陛下は、政府が経費の支出を決定しておらないというので、御裁可にな
らない。参謀総長は非常な苦境に陥った。
 そこで南が私に、軍費を支出するということを総理大臣から奏上して、参謀総長を助け
て貰いたいと、頼んで来た。閣議を開くと、閣員たちは、南が政府の命令を承知しており
ながら、満州軍がちっともそれを行わないといって、陸軍の態度に憤慨しているので、中
には、政府の全く知らん事で、支出の責任か負うことはないと、反対する者もあった。し
かし出兵しないうちならとにかく、出兵した後にその経費を出さなければ、兵は一日も存
在できない、食うものもないことになる。それならこれを引揚げるとすれば、一個師団位
の兵力で、満州軍が非常な冒険をしているので、絶滅されるようなことになるかも知れ
ん。だから一たん兵を出した以上、その経費を支出しないといえば、南や金谷が困るばか
りでなく、日本の居留民たちまで、ひどい目にあうに違いない。そこで私は閣員の賛否に
かかわらずすぐに参内して、政府は朝鮮軍派兵の経費を支弁する考でありますと奏上し
た。私が退出すると、金谷が御前に出て出兵の勅裁を受けた。しかしその御裁可のとき
に、陛下から『将来を慎(つつし)め』とのお叱りを被ったようであった。』
『 陸軍大臣にそれを責めると、そのままにして置くと、居留民が危害を被る恐れがある
から、やむを得す進撃するのだ、と弁解する。満州軍が吉林に進んだので、『政府の方針
に反するではないか』というと、南は、キ洽(中国軍閥)が大軍を擁して吉林に居て、満
州軍に不安を与えるから、進撃はやむを得ない、と答える。満州軍が鉄道線路の西側に進
出したのは、漱江の鉄橋を守らなければならないからだという。それならば漱江に止まる
かと思えば、敵が近くに在って安心出来ないといって、更に進出する。それならば東支
(東清)鉄道を越えてはならんぞというと、陸軍大臣は、その通り越えさせませんという
が、満州軍はチチハルに行き、さらに黒河まで行ってしまった。このように、日本の軍隊
が、日本の政府の命令に従わないという、奇怪な事態となった。』・・・と。

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