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2013年9月18日 (水)

1、孫文と日本(その1、明治天皇)

1、孫文と日本(その1、明治天皇)

孫文が日本亡命時代には東京の日比谷公園付近に住んでいた時期があった。公園の界隈に「中山」という邸宅があったが、孫文はその門の表札の「中山」という名字が気に入り、自身を孫中山と号すようになった。日本滞在中は「中山 樵(なかやま きこり)」を名乗っていた。号の「中山」は貴族院議員の中山忠能の姓から来ている。 孫文が日比谷公園の界隈にある邸宅の「中山」という表札に重大な関心を持ったのは、表札の字が立派な字であったということだけではないだろう。孫文は、日本の明治維新を理想としていた。そして、ご承知のように、明治政府は明治天皇の下、日本国の近代化を進め、軍事力も日露戦争に輝かしい勝利と治めるまでになっていった。その明治天皇を産んだご生母が中山忠能の娘中山慶子(よしこ)である。私は、孫文は「中山」という表札を見て、明治維新、明治天皇を連想し、「中山」を号するようになったのではないかと思う。日比谷公園の界隈にある「中山」の邸宅は別邸であって、本宅は京都御所の一角にある。そしてそこで明治天皇はお生まれになるのである。
それでは、ちょっと横道にそれるが、京都御所の中の中山邸にご案内しよう。
京都御所を取り巻く御苑の北の端は、かの有名な「猿が辻」からすぐのところに、板塀で仕切られた 屋敷跡がある。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/nakagawa.html
その庭の一角に、一棟の小さな家が建っている。明治初期、初めて古都に住むことを許されたアメリカ人宣教師たちは、自分たちの家を 探す当座の間だけ、家具調度など身の回りの品々を置く倉庫代わりにこの家を使ったことがある。今となってはほとんど目をとめる者とてないが、この家は寛永 7年(1854)4月の内裏を全焼させた大火をまぬがれたばかりでなく、明治元年(1868)の事実上の東京遷都後の荒廃と破壊をも生き抜いた数少ない公 家屋敷の一つである。
人の出入りを禁じるように周囲に板塀をめぐらせた外側には、「祐井(さちのい)」と記された 小さな 木柱が建っている。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/gomeiji.html
板塀の内側には、より重々しい石碑があるのが塀越しにかろうじて目に入る。過去を物語るこの二つの標識だけが、ここを訪れた者 に次のことを教えてくれる。この家は江戸末期に立てられた伝統的な日本建築の一つ・・・それも実にありきたりの・・・・というだけでなく、はるかに重要な 意味を持っている、と。事実、この家で明治天皇が生れ、「祐井(さちのい)」の水で産湯を使ったのだった。明治天皇が御所の中でなく、このような質素な家で生れたのは宮中の慣習によるものだった。生母中山慶子(よしこ)(1835~1907)は、懐妊が 明らかになるや御所の局(つぼね)を出なければならなかった。出産は建物を穢す(けがす)、と古くから信じられていたからである。代々、天皇の御子は宿下 がりした生母の家の近くで生れるのが普通で、それも用済みの後は壊される別棟で生れることが多かった。皮肉にもこの小さな家は壊されるどころか、かってそ の周囲に見事な屋根を競い合っていた公家たちの凝った屋敷よりも長く生き延びることになった。御子の誕生にあたり慶子の父、権大納言中山忠能(ただやす)(1809~88)は敷地内の屋敷の隣に、この「産所」を建てた。当初は、近隣の公家の 邸内の空地を融通してもらうつもりだった。生れてくる子供は、或いは将来天皇になる皇子かもしれないのだった。にも拘らず忠能の土地借用の申し出は、こと ごとく断られた。仕方なく忠能は、狭い自分の屋敷内に産屋を建てなければならなかった。忠能は当時の多くの公家がそうであったように、浴室と厩のついた二 間だけの質素な家を建てる費用さえ賄えないほど貧しかった。建築の費用の大半は、借金しなければならなかった。
皆さん方には、明治天皇誕生の家を見るために京都御所に出かけてほしい。きっと何か響き合うものがあるに違いない。そしてできれば「孫文」まで思いを馳せていただければありがたい。

さて、中華民国の国立中山大学および中華人民共和国を代表する大学のひとつである中山大学、南極大陸の中山基地、そして現在台湾や中国にある「中山公園」、「中山路」など「中山」がつく路名や地名は孫文の号・孫中山からの命名である。

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