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2013年8月10日 (土)

邪馬台国と古代史の最新「おわりに」

邪馬台国と古代史の最新

おわりに

中村雄二郎は、その著「哲学の現在」の中で「歴史への人間の関心にはきわめて本質的なものがあるようだ」、「私たちは、自分たちの生きている時代や社会をよりよく認識するために、また、込み入った問題、解決しにくい問題に対処して生きていくためにも、自分たちの時代、自分たちの社会をできるだけ総体的に、できるだけ多角的に映し出す鏡が必要だ。歴史とは、私たち人間にとって、まず何よりもそういう鏡ではないだろうか。」と述べている。さらに先生は、哲学者としてこのようにも言っている。「私たちは身体をもつのではなく、身体を生きるのである。歴史についても、それと同じように、私たちは人間として歴史をもつのではなくて、歴史を生きるのである。すなわち、私たちにとって、身体とは皮膚で閉ざされた生理的身体だけではなくて、その活動範囲にまで拡がっている。それと同じように私たちは人間存在として自己と共同社会との絡み合いのなかで、瞬間、瞬間を生きながらにそのことによって、重層的な時間から成る、出来事としての歴史を生きる。ということは、つまり、歴史とは、拡張された私たちの存在そのものだということである。そして、私たちは、人間として自分自身を知ることが必要でもあり、根源的な願望であるとすれば、その欲求と願望はおのずと私たちの存在の拡張としての歴史に向けられるであろう。いいかえれば、私たちにとって歴史を知ることは、すぐれて自己を知ることなのである。ここに、私たち人間にとって、歴史を知ることの格別な意味があり、またそのために、私たちは歴史に強く惹かれるのだといえるだろう。」

中村雄二郎が言うように、私達は歴史を生きている。国家も同じことだ。これから日本はどういう国になっていくのか、あるいはどういう国に向かっていくべきなのか? それを正しく認識するためには、歴史と文化を正しく認識しなければならない。国家のあり方に関係するのだ。したがって、政治家はもちろんのこと、国民も正しい歴史認識を持たなければならない。
私はこの論考で、藤原不比等の深慮遠謀として伊勢神宮と天照大神が創られたことを述べた。神道の源流は台与の祭祀にあるが、その祭祀が今なお現存するのが伊勢神宮と天照大神である。現在ある神社の原点に伊勢神宮と天照大神が存在する。伊勢神宮と天照大神は神道の原点であると言って良い。もちろん、伊勢神宮と天照大神は、天皇ゆかりの存在であるけれど、それらがわが国の神道の原点であるならば、私達は、伊勢神宮に特別の敬意を払い、天照大神に親しみと尊敬の念を持たなければならない。そして、ここがもっとも大事な点だが、わが国が天皇を戴いていることに誇りを持たなければならない。天皇側が国民の統合の象徴であることを思えば当然のことであろう。天皇は「祈りの人」である。それはこの度の東日本大震災における天皇と皇后の振る舞いを見ればはっきりしている。
私は、電子書籍の「祈りの科学シリーズ」の(5)「天皇はん」を書いたし、また電子書籍『天皇と鬼と百姓と・・「天皇のいやさか」を祈る』を書いた。皆さん方には、是非、読んでいただきたい。よろしくお願い申し上げる。
http://honto.jp/ebook/pd_25231958.html
http://honto.jp/ebook/pd_25249961.html

さて、日本の宗教は、神道を基本としつつも神仏混淆である。これは仏でないかも知れないけれど、大黒さんや弁天さんなどの、シヴァ教を源流とする「七福神」に対する信仰も盛んである。最近では、キリスト教やイスラム教などさまざまな信仰が渦巻いている。日本は、多神教の国なのである。神道でなければならないとか、仏教でなければならないとか、そういうことに国民は一向無頓着ではあるが、日本はそれでよいのだと思う。しかし、私としては、歴史認識としては、やはり伊勢神宮と天照大神を原点とする神道に多くの国民が重大な関心を持ってほしい。それが藤原不比等の深慮遠謀であり、私は藤原不比等という人に絶大な尊敬の念を禁じ得ない。
日本は異国の神も含めて神々の国である。私達はそういう「日本の歴史と文化」に自信と誇りを持とう!「日本の歴史と伝統文化」の心髄は「相手の立場に立って考えることである」。そして天皇は「日本の歴史と伝統文化」の象徴であるが故に、わが国民統合の象徴なのである。私達は天皇とともにそういう「日本の歴史と伝統文化」を今後とも末永く引き継いでいかなければならない。それが「日本の精神」だ!
ところで、「靖国神社」には、現在、天皇は靖国神社にお参りされていない。誠に残念なことである。天皇が靖国神社に参拝される、その日の一日も早く来ることを念願して、そしてまた、「日本の精神」を生きる私達のこれからに生き方を思案しながら、筆をおきたいと思う。

この「邪馬台国と古代史の最新」という小論文の目次は、すでにアップしているが、念のためもう一度アップしておく。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/mokuji.pdf

次回は、「日本精神と靖国神社」というテーマで、「日本の歴史と伝統文化」の心髄は「相手の立場に立って考えることである」という観点から、私の思いを書きたいものだ。乞うご期待!

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