« 道教の神々・・・その実例 | トップページ | 道教の神「西王母」 »

2013年8月22日 (木)

道教の神「にゃんにゃん」

道教の神「にゃんにゃん」

「にゃんにゃん」はわが国におなじみの道教の神である。沢史生の「閉ざされた神々」によると、中国の福建省から広東省の海岸に展開する海辺の民「蚤民族」は、もともと閔国(ビンコク、福建)の民だったが、秦の始皇帝によって蛮族として駆逐され、以後、海辺でかろうじて生息する賤民水上生活者として、実に21世紀に至る今日まで虐げられた底辺の生活を強いられてきたという。秦以降の歴代王朝もこの民族に対する「賤視差別政策」を中断することなく、彼らの陸での生活を決して許さなかった。したがって、彼らは常に海をさすらい、新天地を求めて島々を渡り歩き、遂に日本にも辿り着いたのである。その地が、南かごしま市である。これが世に言う「阿多族」であり、「阿多隼人」の祖先である。この「阿多隼人」については、私の論文「邪馬台国と古代史の最新」の第7章第1節に詳しく書いたのでそれを是非ご覧戴きたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yamatai07.pdf

海辺の民「蚤民族」(アタ族)が祀りすがった神が「にゃんにゃん」である。正式には「媽祖(まそ)」または「娘媽神女」で、別名「天后」「天妃」ともいう。この神は、海を放浪するアタ族のために、自ら海中に身を投げて航海の安全を祈ったという伝承を持ち、南は海南島からマカオ、台湾、沖縄に至るまで、広く祀られている。この神の溺死体が漂着したところが南さつま市の野間岬である。野間岳の中腹にある「野間神社」の由緒書きには「娘媽」の死体が野間岬に漂着したのでこれを野間岳に祀ったと記されている。「娘媽」は「ノーマ」または「ニャンマ」と読む。 媽祖(まそ)すなわち「にゃんにゃん」は、まったく道教の歴史と関係がないのだが、アタ族や華僑にとっては正真正銘の道教の神なのである。

日本の媽祖廟としては横浜媽祖廟が有名であるが、媽祖は日本在来の船玉信仰や神火霊験譚と結び付くなどして、古来、各地で信仰されるようになった。
江戸時代以前に伝来・作成された媽祖像は、南薩摩地域を中心に現在30例以上確認されている。江戸時代前期に清より来日し、水戸藩二代藩主徳川光圀の知遇を得た東皐心越が伝えたとされる天妃神の像が、茨城県水戸市の祇園寺に祀られている。また、それを模したとされる像が、北茨城市天妃山の弟橘姫神社、大洗町の弟橘比売神社(天妃神社)、小美玉市の天聖寺にも祀られている。
青森県大間町の大間稲荷神社には、天妃媽祖大権現が祀られている。元禄9年に大間村の名主伊藤五左衛門が水戸藩から天妃(媽祖)を大間に遷座してから300周年を迎えた1996年(平成8年)以降、毎年海の日に「天妃祭」が行われている。この大間稲荷神社は台湾の媽祖信仰の総本山である雲林県の北港朝天宮と姉妹宮である。
2000年(平成12年)以降、長崎市の長崎ランタンフェスティバルにおいて、長崎ネットワーク市民の会の企画運営で「媽祖行列」が行われている。興福寺に媽祖をお迎えすることで祭りが始まる。
また、沖縄県八重瀬町港川にあるうたき、唐の船うたき(とうのふにうたき)は、かつてその地に難破した中国の貿易船の船員が建てた祠であり、媽祖が祀られている。

« 道教の神々・・・その実例 | トップページ | 道教の神「西王母」 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/52978347

この記事へのトラックバック一覧です: 道教の神「にゃんにゃん」:

« 道教の神々・・・その実例 | トップページ | 道教の神「西王母」 »