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2013年7月11日 (木)

邪馬台国と古代史の最新 第5章第1節

邪馬台国と古代史の最新

第5章 葛城王国

第1節 葛城というところ

そもそも葛城地方とはどういうところか? まず葛城地方の風土について説明をしておきたい。陰陽道の元祖は賀茂氏だが、その賀茂一族のルーツというか本願地は葛城である。葛城は、広くは蘇我一族や聖徳太子一族など百済系の本拠地 であり、いうなれば仏教伝来のふるさとみたいなところである。葛城といえば「役の行者」だが、役の行者は賀茂一族だと考えられているし、そういう意味では、葛城は、修験道の源流にあると同時に、陰陽道の源流でもある。

したがって、物部氏の本拠地と蘇我氏の本拠地は奈良盆地の東と西にあり、地霊の作用と言って良いのかどうか判らないが、地理学的に何か不思議なものがあるようである。そこで、私が思い出すのは、葛城市の当麻寺に残る「当麻曼陀羅」で、目を閉じれば私の耳に
妖しき地霊の声が聞こえてくる。では、折口信夫の「死者の書」を紹介しておこう。これも葛城というところを心で感じてもらうためだ。

折口信夫には、「死者の書」を書く前、たった一枚の「当麻曼陀羅」があっただけだ。中将姫が蓮糸で編んだという伝承のある曼陀羅だ。折口信夫はこれを見つめ、これを読み、そこに死者の「おとづれ」を聞いたのである。そして、それに発奮し、松岡正剛が「日本の近代文学史上の最高成果に値する」と極めて高い評価をする文学作品を書き上げたのが「死者の書」である。そのあらすじは次の通りである。

天武天皇の子である大津皇子は、天武の死後、叔母であり、天武の后である持統天皇に疎まれ、謀反を理由に殺されて、二上山に葬られてしまう。それから約百年の時が経った。墳墓の中で無念の思いで目覚めた王子の霊は、周囲を見回し独白を始める。そして既に朽ち果てて衣のないことを嘆きつつ起き上がろうとする。一方奈良に住む信心深い藤原家の郎女(いらつめ)は、写経に明け暮れる日々であったが、秋の彼岸の中日に、幻のように二上山の二つの峰の間に浮かぶ男の姿をみて、憑かれたように家からさまよい出た。郎女は一人で二上山の麓の当麻寺まで歩いてきて、寺で保護される。神隠しにあったとみた奈良の家からは連れ戻しに人が来るが、郎女は拒み寺にとどまることになる。郎女の夢の中にのみ幻の男は現れる。霊的な男女間の交流があるともみえるが、すべては夢うつつの世界の中での出来事である。男が衣を持っていないことを知った郎女は、衣にと思い、蓮糸で布を織ろうと試みる。秋の彼岸の中日に、郎女は再び二上山の山越しに浮かぶ男の姿を仰ぎ見る。それは極楽浄土図や尊者の姿と重なり、幻のように美しく雲の中に展開していた。やがて郎女は苦心して蓮糸で布を織り上げるが、それは棺にかける布のようで寂しく見えた。郎女は思いついて奈良の家から彩色を取り寄せ、筆をとって幻に見た華麗な浄土図を布に写し取り、完成させていく。

このあらすじを語るUTubeは次のものが良いでしょう。
http://www.youtube.com/watch?v=oCrNXhsQY0Y

ところで、折口信夫が「当麻曼陀羅」によって聞いたという死者の「おとづれ」の場面、これはこの「死者の書」という小説の象徴的場面である。これのUTubeもあるのでここに紹介しておく。

http://www.youtube.com/watch?v=wUORTsrI-Ho



如何です、葛城というところの風土は、もともと地霊の声の響き渡る不思議な赴(おもむ)きを持っており、死の匂いの芬々(ふんぷん)とする所ですね。

画像なども含めた第1節の詳しい内容、ならびに第2節「葛城山麓の遺跡」、第3節「王朝交代説」、第4節「葛城氏の衰退」など第1章の全体は次の通りである。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yamatai05.pdf

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