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2013年7月 1日 (月)

邪馬台国と古代史の最新 第2章

邪馬台国と古代史の最新

第2章 古代の歴史を概観する

今私は、「天皇はどこから来たか」ということを考えようとしている。そのことが今の私たちの生活にどう関係するのか? 天皇がどこから来ようがそんなことはどうでも良いのではないか。そうお考えの人が多いのではないかと思うので、以下において、歴史認識の問題について少し説明しておきたい。

中村雄二郎は、その著「哲学の現在」の中で「歴史への人間の関心にはきわめて本質的なものがあるようだ」、「私たちは、自分たちの生きている時代や社会をよりよく認識するために、また、込み入った問題、解決しにくい問題に対処して生きていくためにも、自分たちの時代、自分たちの社会をできるだけ総体的に、できるだけ多角的に映し出す鏡が必要だ。歴史とは、私たち人間にとって、まず何よりもそういう鏡ではないだろうか。」と述べている。歴史というものを認識する上で、中村雄二郎の考え方は誠に重要であると思う。私達が共同社会に生きる以上、歴史を知るということは、本質的なものである、ということである。「我思う、故に我あり。」 これはデカルトの哲学であるが、中村雄二郎は、そうではなくて、「我語る、故に我あり」だと言っている。これからの哲学としては、我思うと同時に我語る、故に我がある。そういうことだ。我語る。私達は、大いに語らなければならない。世界から尊敬される国家を目指して、国の歴史を思い、国の歴史を語り、そしてこれからあるべき国のロマンを語らなければならないのである。まずは語ることである。そのためには、歴史は正しく認識されなければならない。

歴史学のみならず、あらゆる学問及びその他山岳登山など難しい判断を必要とするものは、直観力がないと画期的な学説を考えつくなど抜群の判断はできない。そのことは、今西錦司の言動をつぶさに見ればよく解る。歴史的直観力というものは、歴史学だけでなく、その他歴史に関連する民俗学などの知識を持って、現地で地霊の声を聞かなければならない。その地域の風土というものを感じ取ることが大事なのである。私は、歴史的文献や考古学的知見によって古代を知ることが基本であるとしても、それだけでは不十分で、現在そこにあるものから古代を推察することが大事であると思う。

歴史的認識について、他にも、特に言いたいことがある。それは、地理学についてである。地理学とは、本来、そこにそれがあるのは何故か、それを問う学問である。そして、大事なことは、その問に答えるためには、歴史的なものをしっかり調べることはもちろんだが、歴史的直観力を働かさなければならない時が必ずあるということだ。例えば、立石寺は何故そこにあるのか? 歴史の大きな流れの中で、藤原内麻呂に想いがいかなければならない。この閃(ひらめ)きがいうなれば歴史的直観力によるものなのである。

歴史的認識については、さらにもう一つ言いたいことがある。それは、道のことである。
道には、海の道、山の道、野の道がある。交易というものは、それらの道を通じて行われた。それらの道のネットワークがあった。それらネットワークの中で、黒曜石の道、貝の道、翡翠の道、琥珀の道をどのように具体的に想定するのか? それが、正しい歴史認識を持つための必須条件である。日本列島には、旧石器時代から連綿と続く海の道と高度な航海技術を有す海人族が存在した。このことをしっかり認識していないと、白村江の戦いも磐井の乱に対する奥深い認識は持てないように思う。歴史認識が矮小化してしまうのだ。不比等が何故あのように「阿多隼人」を恐れたのかということも、十分な理解はできないものと思う。

以上は第1節「歴史認識の重要性」の要点であるが、そのさらに詳しい説明、並びに「第2節「黒曜石文化から縄文文化へ」と第3節「縄文時代の技術と交易」と第4節「渡来人の技術移転」については、次をご覧戴きたい。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yamatai02.pdf

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