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2013年4月27日 (土)

憲法改正について

憲法改正について
4月26日に公表された産經新聞の「国民の憲法」要項が、これからの国民世論の盛り上がりの切っ掛けとなることを期待したい。そこで、私の年来の思いであるが、憲法改正に当たってもっとも大事な点を申し上げておきたい。
 私は、日本が世界に誇れるもっとも良い点は、「違いを認める文化」を持っているところだと思う。も しそうだとすれば、これは大変なことで、これからの新しい世界文明を切り開く力がわが国にあるということだ。日本の「歴史と伝統・文化」の何をもって「違 いを認める文化」と言い得るのかということは、そう簡単には説明できない。歴史的な考察と哲学的な検討も必要だ。わが国のアイデンティティーが「違いを認 める文化」にあることを明らかにするには、やはり学者の研究が欠かせない。私は、今後の研究が大いに進むことを期待しながら、この小著ではとりあえず、平 安初期の法相宗の徳一(とくいち)という秀でた僧侶に焦点を当て、その思想的背景を語ってみたい。そしてもう一人、明恵(みょうえ)という鎌倉時代の宗教 思想家についても言及ながら、憲法に関する私の基本的考え方を明らかにしたいと考えているが、ここではひとまず、そのさわりだけを述べておきたい。
 私は、時代というものは人々の予想を越えて変化していくものだと思う。なぜなら、フランスの精神分 析医ラカン(1901~1989)が鏡像段階論で説くように、真実は言葉で語れないからである。人間は言葉を発明し、言葉で考える。その言葉が真実に迫れ ない限界があるとすれば、どんな思想にも、どんなシステムにも限界というものが生じてくる。世の中の出来事というものは、誰かがそう考えたからその通りに なるというものではない。また、神がそう仕組んだものでもない。「モノ」の力によって、世の中のすべてのものは変化していくのである。したがって、どんな システムを作ったとしても、時代を経るにつれ世の中の事象との間に矛盾が生じてくるのである。
 これからの世界はグローバルに激動していくので、河合隼雄はその点を心配して、これからは「矛盾シ ステム」を生きていかなければならないだろうと言っている。たしかに世の中は矛盾だらけである。しかし、その矛盾を何とかするのが政治ではないのか。「下 手な考え休むに似たり」というが、私たちがいくら考えたところで、なかなかいい知恵など思いつかない。ここはひとつ、先人の知恵に学んでみてはどうか。実 はそこに、日本の未来ありようが秘められているのではないか? 古代の知恵のなかに、これからのわが国のあるべき姿(かたち)が見出せるのではないか。そ う、今あらためて「歴史と伝統・文化」を見直し、先人に学ぶことが日本にとって大きな救済になるだろう。
 私の考えでは、歴史というものはその時々は矛盾するものであっても、なんとかそれを乗り越える形で 時代を形づくってきた。先人たちは苦しみつつも矛盾を乗り越え、なんとか苦難をやり過ごしながら歴史を刻んできた。よって、「歴史と伝統・文化」のなかに はそうした先人の知恵がいっぱい詰まっている。
 政治というものは、その貴重な知恵の軌跡と凡例に学びながら、目の前の矛盾を一つずつ解決していく べきではないのか。政治理念の根幹は、実はそこにあるのではないか? そう考えるとき、私はイギリスの不文律憲法に強い憧れを抱く。しかし、かくも世の中 が複雑になってくると、やはり成文憲法が必要である。また憲法解釈にもおのずと限界があろう。それに異論を唱える人はいないだろう。
 今の憲法は間違いなく押し付け憲法だと思う。日本の歴史と伝統・文化を知らない人が草案を作っているのだから、妙な箇所がいくつかある。そのためにも憲法を改正して、少しでも日本の歴史と伝統・文化に則(のっと)った憲法に変えなければならない。
 改正案については、私なりの考えがある。多くの政治家が、それぞれに腹案を持っているだろう。自民 党も民主党もそれぞれ党内で改正案をまとめることになり、議論が白熱するかもしれない。しかし、大事なことは、現状のまま放置しないで、わが国の姿(かた ち)に合った、わが国らしい憲法に変えることである。政治は妥協である。一つの考えに固執していたのでは、いつまでたってもまとまらない。
 私は、憲法九条の問題や人権問題はもちろんのこと、参議院問題などについても強い関心を抱いて私なりの考えもいろいろあるが、今ここでは、これだけは譲れないという、もっとも重要な点だけを述べておきたい。
 先に、わが国のアイデンティティーは「違いを認める文化」にあると述べた。世界に誇るべきわが国の 歴史と伝統・文化によって、今後、日本は世界に貢献していかなければならない。この考え方をまず基本として、憲法改正にのぞみたい。そのことが、私の提唱 する「劇場国家にっぽん」の場づくりにつながり、歴史と伝統・文化を生かしたの劇的空間を創るということにつながる。
 したがって、「劇場国家にっぽん」の観点からすると、天皇に関する憲法のなかでもっとも大事な条項である第一章第一条は、
 「天皇は日本国の歴史と伝統・文化の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」
というように、「歴史と伝統・文化」という文言を付け加えなければならないと考えるのである。重ねて 言うが、われわれ日本人のアイデンティティーは、太古から連綿と繋がっている歴史と伝統・文化によって創りだされ、それによって培われた「違いを認める文 化」によって世界に通ずる普遍性をもつのである。
 私の政治理念の一つの根幹をなすものとして、古(いにしえ)の先人たちの叡智がある。その導いてく れる思想家の一人が、鎌倉期の名僧・明恵(みょうえ)上人である。この800年前の哲学者が残した意味深い言葉「あるべきようは」のなかに、違いを認めて 共和する心を読み取るとき、強い憧れを抱くのである。

なお、私は、かって熱心に「天皇」について考え、ホームページにアップしてきた。まず、それをご覧戴きたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/ku/index.html

また、私の天皇に対する思いを電子書籍にも書いてきた。次の二冊がそれである。これについても、是非、読んでいただきたい。
http://honto.jp/ebook/pd_25231958.html

http://honto.jp/ebook/pd_25249961.html

最後に、日本が世界に誇る「平和国家」であることを心から祈って筆を置く。

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