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2013年3月 1日 (金)

山地拠点都市構想

山地拠点都市とは?その定義と構想の概要を明らかにしておきたい。まず定義であるが、『 山地拠点都市とは、「山の霊魂」の働きが期待できる山地の中心都市で、地域の「歴史と伝統・文化」にもとづき中枢都市との「交流」並びに「自立的発展」を目指す「美しい都市」のことである。』
「山の霊魂」についてはここまでに縷々述べてきた。「山の霊魂」の働きが期待できる山地とはどんな山地なのか? 霊魂は不死であるから、過去にその山地で人びとが「祈り」を捧げた所、つまり昔の神社仏閣のあとや縄文集落のあとがそうである。さらに、神社仏閣や祠などが現在あって今なお人びとが祈りを捧げている所や巨木のある所は、「山の霊魂」の働きが期待できる。「山の霊魂」の働きとは、アリストテレスの能動的理性の働きのことである。山地拠点都市は「歴史と伝統・文化」にもとづく「地霊」の力が働いている。

「歴史と伝統・文化」については、私は今まで私のホームペジでいろいろ書いてきたので、それを参考にしてもらいたい。
https://www.google.co.jp/search?q=%97%F0%8Ej%82%C6%93%60%93%9D%95%B6%89%BB&ie=Shift_JIS&oe=Shift_JIS&hl=ja&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&domains=kuniomi.gr.jp&sitesearch=kuniomi.gr.jp

この一連のホームページの中で、特に、次のものは「歴史と伝統・文化」の核心部分を述べているので、是非ご覧戴きたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/teidan.html


「地霊」については、私の電子書籍「霊魂の哲学と科学」の第6章「霊魂の科学」に書いたので、ここではその抜粋部分のみ紹介しておく。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tirei.pdf


交流」については、この章の1の「辺境の哲学」で述べたのでそれを読み返してほしい。「グノーシス」とは、歴史的に、「キリスト教から独立した別個の宗教・哲学体系の「認識」を代表するもの」と言われているが、私は、中沢新一と同じように、より広い概念でとらえたい。すなわち、広域に渡って支配的な宗教から独立した別個の宗教体系や哲学大系の「認識」を代表するもの」と考えたい。中心地の文化の影響を受けながらも、その地域特有の文化を保持している。時代の進展とともにその地域の文化は今までにない新たな文化に変質してゆくが、その新たな文化は、中心地の文化を変質せしめる。その力は、人びとの交流の力による。「奥」の哲学との文脈でいえば、中心地は地方の中枢都市であり新たな文化の発信地は「山地拠点都市」である。グノーシスを生じせしめるのは、中枢都市と山地拠点都市との交流である。

なおグノーシスについても、私は今まで私のホームペジでいろいろ書いてきたので、それを参考にしてもらいたい。
https://www.google.co.jp/search?q=%83O%83m%81%5B%83V%83X&ie=Shift_JIS&oe=Shift_JIS&hl=ja&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&domains=kuniomi.gr.jp&sitesearch=kuniomi.gr.jp


さて、知恵を働かせねばならないいちばん難しい問題、政治的にも行政的にもいちばん重要な問題は、「地域の自立的発展」である。現在の市場経済のもとでは、山地拠点都市は大都市や中枢都市の競争力には到底及ばない。だから、三割自治が続いているのだ。したがって、山地拠点都市は市場経済と贈与経済のハイブリッド経済を目指さなければならない。
https://www.youtube.com/watch?v=9NFIi67Nnx4&list=UUNaqTc8QfI1nbDN4he94AVA


「地域の自立的発展」については、贈与経済の問題の他に、エネルギーの問題がある。それについてはのちほど項を立てて述べることとしたい。

この章では、今後の日本のあるべき姿についての佐伯啓思のヴィジョンを紹介し、過去の国土政策を振り返り、そして国土政策の現状と課題について述べてきた。この章の最後、それはこの本の最終結論ということになるが、過去の国土政策を振り返りながら、かつ、国土政策の現状と課題を踏まえて、過去の「田園都市構想」や「ふるさと創成」に代るべき・・・新たな国土ヴィションとして、「知恵のある国家」としての国土ヴィション・「山地拠点都市構想」を提案する次第である。

「山地拠点都市構想」とは、 「山の霊魂」の働きが期待できる山地において、地域の「歴史と伝統・文化」にもとづき中枢都市との「交流」並びに「自立的発展」を目指す「美しい都市」を作ろうという国民運動のことである。

地域づくりというものは、 あくまで地域住民が主役であって、国が計画を作りそれを地域にブレークダウンするものではない。「山地拠点都市構想」は、市町村が中心となって、地域の人々と地域の企業や関係団体と一緒になって進めていくものでなければならない。このことについては、リージョナルコンプレックスという視点が大事である。そのリージョナルコンプレックスについては、私は今まで私のホームペジでいろいろ書いてきたので、それを参考にしてもらいたい。

https://www.google.co.jp/search?hl=ja&inlang=ja&domains=kuniomi.gr.jp&oe=Shift_JIS&sclient=psy-ab&q=%83%8A%81%5B%83W%83%87%83i%83%8B%83R%83%93%83v%83%8C%83b%83N%83X+site%3Akuniomi.gr.jp&oq=%83%8A%81%5B%83W%83%87%83i%83%8B%83R%83%93%83v%83%8C%83b%83N%83X+site%3Akuniomi.gr.jp&gs_l=serp.12...0.0.0.27870.0.0.0.0.0.0.0.0..0.0.ernk_timediscounta..0.0...1..5.psy-ab.JrrMbpEg9hk&pbx=1

また、地域づくりというものが地域住民が主役でなければならないということは、私との対談で、川村健一さんが語っているので、この際、それを紹介しておきたい。

http://www.youtube.com/watch?v=Is3Sr9VLXIo

http://www.youtube.com/watch?v=4D9r4O3Jg8I

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