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2013年3月10日 (日)

奥山の改修

奥山の改修

 山が荒廃している。これは由々しきことだ。
 日本人は、縄文時代はいうに及ばず,旧石器時代の太古の昔から山とは切っても切れない関係の中で生きてきた。そして山によって生かされてきたのである。
 山は、日本の風土の基本をなすものである。それが荒廃するということは、日本の風土が壊れることであり、故郷(ふるさと)が喪失するということである。それはとりもなおさず世界に誇りうる日本文化が消えていくということであって、日本が世界平和のために大いなる貢献をするなどということは夢のまた夢になってしまうのではないか。
理想は高く、現実は低く。私たちは、瞬間を生きる事が大事である。行動の微分というかタンジェントが大事であって、理想を高く持ちながら、現実に今何をやるべきかを考えねばならない。先ほどは、「山地拠点都市」において今直ちにやるべきこと、またやれることとして「地域通貨」の問題を提起したが、実は、もうひとつ、間伐材の問題がある。
早急に奥山を本来の森林に改修しなければならない。山が荒廃しているからだ。もちろん低林の人工林も萌芽更新のできる広葉樹に逐次切り替えていかなければならないので、これも費用の問題があっ てそう簡単なことではないのだが、本来の森林に戻すことを考える場合、やはり本命は奥山だろう。問題はその費用負担の問題である。議論としてはいろいろ あろうが、ともかく急いで実行に移していきたい。当面実行可能なことをやっていく場合、私は、現在の間伐に対する助成制度をもとに何か追加的な方策を講ずれば良いのではないかといろいろ考えてみたが、結局、今すぐやれそうなことは、坂井方式による間伐材発電と間伐材を利用しての不燃化木材の生産であろう。

(1)間伐材発電
平成14年12月に「バイオマス・ニッポン総合戦略」が閣議決定されたが、農林水産省
では、長崎総合科学大学との共同研究により、小型可搬式・低コスト高効率を目指した「農林 バイオマス3号機」を開発し、平成16年度から実証実験に入り、実証実験はすでに終わったようである。長崎県諫早市において稼動していたプラントは、平成25年度に福島県に持ち込まれて、発電事業を開始するらしい。このシステムの最大の特徴は、高カロリーでクリーンなガス燃料への変換、小規模でも高い電力を発生するという、従来にない新しいガス化発電方式にあるが、これを実際に間伐材発電として利用する実用段階に入ったとは言えそうだ。

(2)不燃化木材
今日本列島は不気味な地殻変動が起こっている。大地震が現実的な驚異になってきているのだ。大地震で一番怖いのは火災である。都市防災として建築物の不燃化に全力を挙げて取り組まなければならない。
間伐材の付加価値を高めて、林業の復活を図ると同時に、都市における不燃化を図ろうとする動きが具体化してきている。その動きが目指す「不燃化木材」は、低層住宅の内装材としてそれを使うことによって火災に対して絶対安全な「シェルター」を作ることができる。さらに、高層住宅、たとえば5階建てのマンションとか10階建てのマンションとか、絶対に燃えない不燃化マンションを造ることができる。これらの「不燃化木材」は、間伐材をチップ化してつくる集成材(合板)を使用するもので、間伐材の付加価値が高まり、林業が蘇る。今この不燃化木材が大きくクローズアップされてきているのである。

(3)NPO「緑の列島ネットワーク」
今は、「緑の列島ネットワーク」というNPO法人もできて、山の再生を図る時がやっときたようだ。では、このこのNPO法人の進める「近くの山の木で家をつくる運動」の「千人宣言(原文)」を紹介しておこう。

『 最北端の宗谷岬から南の八重山諸島まで、延々三千キロにわたって弓状に連なる日本列島は、その国土の三分の二が、森林によって覆われています。海岸線の町、盆地の町、どの町を流れる川も溯(さかのぼ)ってゆけば、緑の山々にたどりつきます。山は川の源です。海は川の到達点です。この山と川と海が織りなす自然こそ、私たちの生命の在りかであり、暮らしの基盤といえましょう。
いま、この緑の列島に異変が起きています。破壊的ともいえる、山の荒廃です。
何が起きているのか? 現実に立ってみることにします。つい最近、スギの山元立木(やまもとりゅうぼく)価格※が一九六〇年(四十年前)の価格程度に戻ったというニュースがありました。
四十年前といえば、あんぱん一個の値段は十円、映画館の入場料は百十五円でした。物価も収入も上昇したというのに、スギの値段だけは、四十年前の水準に戻ってしまいました。木が育つには、何十年も、何代にもわたる人の手がかかっています。ことに人工林は、雑草木を刈り、つるを切り、枝を打ち、間伐を行う、といった細かな作業を必要としており、これを怠ると、木の生長が抑えられるというだけでなく、環境に大きな影響をもたらします。
町がスギ花粉に見舞われるのも、鉄砲水が続出するのも、山に手入れが行き届かないから、といわれています。古くから、治山は治水、といわれてきました。豊かな平野は、後背(こうはい)の山あってのことです。川や海の魚がおいしいのは、山が豊かなればこそです。木は再生可能な資源であり、地球温暖化防止に重要なCO2吸収の主役でもあります。
それなのに、山の暮らしは成り立たず、山から人の姿が消えかかっているのです。
私たちの祖先は、ごく自然に木という素材を選び、鋸(のこぎり)、 鉋(かんな)、 鑿(のみ)などの道具を用いて家を建ててきました。そこには人がいました。山を守り、木を育てる人。木を伐り、製材し、運ぶ人。材を加工し、家に組立てる人。いま、山から人は失われ、職人の腕は低下したと嘆かれ、柱のキズで背比べする姿は消えたかにみえます。
山の荒廃をストップさせ、木の文化を蘇(よみがえ)らせるには、何を、どうしたらいいのでしょうか?
まず我々は、連鎖する自然と地域の営みの中に生きて在ることを知りたい。次に我々は、近くの山の木で家をつくる、という考え方を取り戻したい。山と町、川上と川下、生産者と消費者が面と向き合って話し込めば、お互いの置かれた現実がよくみえてきます。山に足を運び、荒れた山の現場に立ち、手入れの行き届いた山をみれば、みずみずしい緑を、協働のちからで取り戻そう、という気持が涌いてきます。悩ましいお金の問題も、寄り合って吟味を重ねると、建築費の中で木材費の占める割合が、思われているほど高いものではなく、決して高嶺の花でないことも分かってきます。木は乾燥が大事なこと、土や紙や竹などの自然素材も地域に身近にあることを知ったり、木は建築後も生きて呼吸していることや、木の家は補修すれば寿命が長くなることなど、大切なことがいろいろとみえてきます。これらの価値を、皆で結び合い共有すること、それが、近くの山の木で家をつくる運動の原動力です 。 』
 現在山は荒れている。山の管理は、やや極端な言い方だが、流域の市町村の責任である。山が原因で災害がひどくなろうが、それは流域の責任である。山の管理に熱心な流域は災害が少ないし、山の管理に熱心でない流域は災害がひどい。まあそういうものだ。上述の通り、間伐材や不燃木材も実用段階に入ってきたようだし、さらに「近くの山の木で家をつくる運動」という運動も始まった。市町村の奮起を促し、「やる気」を起こさせたいものだ。

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