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2012年11月10日 (土)

映画「ニーチェの馬」に思う(第2弾)

映画「ニーチェの馬」に思う(第2弾)

前に「映画<ニーチェの馬>について」というブログを書いた。
http://iwai-kuniomi.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-85ff.html
今回のその第2弾であるが、さらに深く考えてみたい。何故ニーチェはキリスト教を殺したか? 「ニーチェの馬」との関連でそのことを考えてみたい。

ニーチェはキリスト教のどういう部分を嫌ったのか? キリスト教の悪い部分はいくつかあると思うが、そのいちばん致命的なものは何か? それをニーチェの思想との関連で探ってみようと言う訳だ。 あの親子がゾロアスター教だったら救えたのか? 重力の魔に負けることなく、すなわちどんな境遇にあっても、どんな状態にあっても、ゾロアスター教であれば絶望に打ちひしがれることなく希望を持って生きることができるのか? あの親子は特段絶望に打ちひしがれている訳ではなさそうである。ただ、夢とか希望がないだけだ。だから、問題はどんな境遇にあってもあの親子のようにただ黙々と生きていいくという強靭な精神をどうすれば身につけることができるのかという問題と、ただそれだけではいけないのであって、どうすればイキイキと生きていけるかという問題がある。この二つの問題に対する答えを私たちは用意しなければならない。その二つ答えをニーチェの思想から導きだそうを言う訳だ。
私はいち土木技術者であって哲学者ではない。したがって、上述の二つの問題に対する答えを出すことが如何におおそれたことかは判っている。しかし、私自身の問題として私なりの答えを出さないと死にきれない、という思いである。私は今人生の最大の危機にある。個人的にも社会的にも大変な問題に直面していて、それに全力投球しているが、それがうまくいこうがいかなかろうが、ニーチェのいう「永遠の回帰」という思想が指し示すように、私の人生は最高であった、また生まれ変わることがあったとしたら同じ人生を歩みたい、そのように思えるかどうかが私にとっていちばん大事なことであって、私が死に直面したとき、「皆さん、ありがとう! ではさいなら!」と言って死ぬことができるかということである。どうもできそうもないけれど、そのために、少なくとも上述の二つの問題に対する答えを私なり見つけなければならないのである。では、私の哲学を始める。
では、まず「さまよえるニーチェの亡霊」から、「神」なりキリスト教について書いた部分は、
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/nietyeka.pdf
であるが、その要点は下記のとおりである。

1、 ニーチェの思想は、「固定的な真理や価値は邪魔だ。個人個人が自分の価値を創造していくべきだ。」というもので、当時西洋文明の根底にあったキリスト教が諸悪の根源だとして、「神は死んだ」と声高にキリスト教に対する批判を展開した。彼の批判はキリスト教だけにとどまらないで、科学技術、民主主義のイデオロギーなど、それまでの思想はすべて「キリスト教的なもの」として排斥した。

2、「神」だけでなく進歩主義、民主主義、社会主義、国家主義それぞれにおいて、その理想と現実の乖離が大きく、<何のためにそれが必要なのか>に対する明確な答えができないのである。

3、ニーチェは、ソクラテス以前のギリシャに終生憧れ、『ツァラトゥストラ』などの著作の中で「神は死んだ」と宣言し、西洋文明が始まって以来、特にソクラテス以降の哲学・道徳・科学を背後で支え続けた思想の死を告げた。殺し屋ニーチェの面目躍如たるものがある。

4、 キリスト教を中心とした西洋近代社会が唱える個人の自由や人間の平等、人間の権利といったもの、また、さまざまな道徳規律などは、けっして確かな根拠をもったものでもなければ、優れた価値というものでもない。西欧の近代が奉じている理念は、いってみれば欺瞞(ぎまん)であり、その本質といえば、弱者が強者を支配するための口実である。だから彼は、これは不健康である、キリスト教社会は病気である、近代人は病人である、という。

5、 ツァラトゥストラの説く説教が精神としてのキリスト教の神を否定し、そのかわりに大地や肉体を賛美するところにある。 ツァラトゥストラには、現実の汚い人間のあり方をこえて高まっていかなければならないという心理が働いている。この箇所は実存主義者がニーチェの実存主義的な面を示すものとして好んで引用するところであるが、ここはむしろもっと一般的に現実の欲望や衝動から高まりたいという精神への純化の欲求を示す、深い元型的な心の現れと見るべきであろう。

6、ミトラスはゾロアスター教の神である。ニーチェはゾロアスター教に強いあこがれを持っていた。

7、 ニーチェは「この人を見よ」の中で次のように言っている。すなわち、「私はディオニュソスの弟子である。」「はっきり言っておくが、<神の世界>と呼ばれてきたものが虚構された世界なのである。」「 宗教などは寓衆の所管事項である。宗教的な人間と接触した後では、私は必ず手を洗うことにしている。」「 何人もまだ、キリスト教の道徳を自分以下のものと感じた者はいない。そう感じるためには一つの高さが、一つの遠望が、これまでついぞなかったある未曾有の心理学的深さと深遠性とが必要なのだった。キリスト教的道徳は従来すべての思想家にとって魔女キルケであった。思想家たちはみなこの魔女に仕えたのだ。私以前にいったい誰が、この種の理想の・・・世界誹謗(ひぼう)の!・・・毒気を湧き上がらせている洞穴(ほらあな)の中へ降りていったのであろうか?」
ニーチェは、そのような洞窟に平気で入っていっている。ということは、ニーチェは、上記洞窟(ほらあな)の話では、自分は絶対的な認識をしているのだということを暗に言っているのだと思う。

8、ゾロアスターの教えこそはヨーロッパが最初に知ったアジアの魂だった。 ゾロアスター教は、人間の自由意志による選択を非常に重視する。ここに、天国に義者が赴くのも、地獄へ不義者が落ちるのも、その原因はまったく自己の自由意志にもとづく選択による結果であり、人は自らの選択による応報をどこまでも受けねばならぬとされるのである。善・悪がこの世にある限り、自らの責任を担う以外にないのである。 まさにこれがニーチェのいちばん重視する「神への意志」である。ニーチェがゾロアスター教に強いあこがれを持たない訳がない、と私は思うのである。

9、 ニーチェの主著「「ツゥラトゥストラはこう言った」 に登場する驢馬は、ご承知のように、「さよう、さよう」と言うように頸を振る。馬鹿みたいに「さよう、さよう」というわけだ。したがって、驢馬(ろば)は「肯定」のメタファー(暗喩)となっているのである。形而上学的には、これをディオニソス的肯定という。
 アポロンとディオニソスはギリシア神話の神で、アポロンは「光の神」、ディオニソスは「酒の神」である。これをふまえて、ニーチェは、芸術を可能ならしめる根本衝動を、造形的で静観的なものと、音楽的で激情的なものに分けた。前者はアポロン的であり、後者はディオニソス的である。ギリシア悲劇のすぐれた芸術性はこの両衝動の対立と奇蹟的結合によって産み出されていた。全体的生命を肯定するディオニソスの態度は、ニーチェの理想であった。「驢馬の祭り」とは「ディオニュソスの祭り」のことである。

10、 夜は陰陽でいえば陰。昼が合理の世界であれば、夜は非合理の世界である。ツァラトゥストラは合理の世界の住人。「ましな人間」たちは「驢馬の祭り」を至上の喜びとする非合理の世界の人間。ニーチェは、これらの非合理の世界の重要性は十分認識しながらも、合理の世界を強調せざるを得なかったために、結局、合理と非合理の統一ができなかった。合理と非合理の統一哲学はハイデッガーやホワイトヘッドまで待たなければならない。


さて、以上のように、 全体的生命を肯定するディオニソスの態度は、ニーチェの理想であった。私は、ディオニソスに対する強い憧れが彼の哲学の底流を流れ、その対極にあるキリスト教を全面的に否定し、「神は死んだ」と声高に叫んだのである。
そこで思い出すのはモーセの「十戒」である。1956年のスペクタクル映画「十戒」というのがある。監督はセシル・B・デミル、主演はチャールトン・ヘストンである。当時、フランスで200万人を熱狂させたといわれる超大作であるが、今は、そのDVDがレンタルで見れる。ご覧になっていない人は是非見てもらいたい。感動の場面はいくつかあるが、私は、ニーチェとの関連で最終のハイライトをしっかりと頭に叩き込んでおいてほしいと思う。モーセが絶対神・ヤハウェから十戒を授かり、シナイ山を降りて、金の子牛を祀ってどんちゃん騒ぎをしている連中を見てモーゼは烈火の如く怒る、その場面である。ニーチェは神は殺したが人は殺していない。しかし、絶対神・ヤハウェはモーセを通じて偶像崇拝に加担した民衆を3千人も殺害しているのである。私だって、そんな神は殺したくなる。その場面はウィキペディアで次のように解説している。

『出エジプト記』によると、モーセがシナイ山において神から十戒の石版を授与されるまでには40日の期間を要したとされているのだが、麓に残されたイスラエルの民は時間の経過と共に忍耐力を失い、ついには、モーセは死んだと思うようになった。ハザルは同書の注釈において、このときサタンが現れ、雲の上に立つモーセの幻影をイスラエルの民に見せたとしている。不安になった民はアロンのもとに相談に出向き、苦肉の策として民族を導いてくれる新しい神の制作を懇願する。アロンはそれに応じ、全民衆から貴金属の提出を命じる。こうして鋳造の金の子牛が完成したのである。
これを知った神は、一刻も早く下山するようモーセに命じる。モーセが下山して宿営地に戻ったところ、民衆は宴に興じながら金の子牛を拝んでいた。怒りに満ちたモーセは十戒の石版を破壊するやいなや、金の子牛を燃やし、それを粉々に粉砕して水に混ぜ、イスラエルの民衆に飲ませた。そして彼はレビ族の者を集め、偶像崇拝に加担した民衆の殺害を命じる。同書では、そのとき死んだ民衆の数を3千人であったと述べている。



ところで今ドイツでは、「ドイツ民族固有の信仰」を重視し、さらにユダヤとローマの影響から解放されることが重要であるとする・・・「キリスト教のゲルマン化」の動きが出てきているようである。ゲルマンの神的世界は、「理性に対し感情を、精神に対し魂を」という非合理主義であるといえるが、ドイツ的キリスト教こそ本物のキリスト教であって、故に「ゲルマンの神々の教えに回帰しよう」という訳だ。ユダヤとローマの影響から解放されることが重要であるとする、この動きはニーチェの追い求めたものの一つの顕われであるかもしれない。

また、中沢新一が「野生の科学研究所」をつくって、野生の科学を研究し始めたことも注目に値する。中沢新一は、「グ ノーシス」についてその著書「ミクロコスモス1」(2007年4月、四季社)の」中で次のように言っている。すなわち、

『  プラトンの哲学は、アジアから襲来した一神教の萌芽をはらんだディオニソス祭儀がもたらした衝撃を、内部に包み込み、吸収しつくすことによって、ギリ シャ的な伝統に新しい形態の同質性を回復するものとして、創造されている。当時の言い方を使えば、「文明」の中枢部を直撃した「野蛮」のテロリズムを、自 分の内部に呑み込み変質させることによって、「野蛮」の「文明化」を実現してみせたということになる。この思想的創造は「文明」と「野蛮」のフロンティア でおこなわれた。一時は「野蛮」の勢力がギリシャ世界深く食い込んできたのであるが、それを内部に深く取り入れて見えなくすることによって、プラトン哲学 は両者のフロンティアを一瞬見えないものにさせる力を持っていた。フロンティアが見かけ上消失したのである。そして表面には「文明」しか見えなくなった。 つまり、このとき一瞬、「文明」が普遍的であるかのような事態がつくりだされたわけであり、こののちプラトン哲学が「ヨーロッパ」の普遍性の哲学的表現の ように扱われるようになった理由の一つは、そのあたりにもある。
し かし、現実に目を移せば、「文明」と「野蛮」のフロンティアのこちら側には「文明」の勢力が蟠踞しているが、向こう側には「野蛮」が対峙しているのであ る。となれば、「文明」的な社会集団にとっての有機的知識人が形成されるのと同じようにして、「野蛮」な社会集団の中からも、その社会集団の同質性と機能 の意義を表現しようとする有機的知識人が生まれてもおかしくないはずである。そのときには、「野蛮」な社会集団出身の「有機的知識人」のつくりだす哲学や 文学や芸術は、プラトンが「文明」の側から創造した哲学とは、根本的に異質な構造として構築されることになるのではないか。それは「野蛮」を「文明化」し ようとする趨勢に対立して、「野蛮による文明」を構築しようと試みる筈であり、そこからはプラトンがつくりだそうとしたものとは異質な「魂 の構造」が 生み出されてくるに違いない…・そのような構造に対して与えられた名前、それが「グノーシス」である。』・・・と。

さらに、中沢新一はその著「大阪ダイバー」の中で、古代ギリシャの「ディオニュソス」は国家よりはるかに古い時代から生き続けている人類の生と死の円環の思想だといっているが、私たちは「ディオニュソス」についてもっと深く研究する必要があるようだ。


プラトン哲学の核心部分は何か? それは「ディオニュソス」である。プラトンもニーチェもディオニュソス的なものに強いあこがれを持っていたのであって、これに厳しく対峙するものがソクラテス主義である。ソクラテス主義とは、理性と道徳によって生を抑圧するもの以外の何ものでもなく、ディオニュソス的狂乱こそ、音楽と踊りの熱狂の中で、人びとが世界の根源に触れ生をイキイキと生きる根源である。
 プラトンは、エロスの神について形而上学的思考を重ねた哲学者で有名であるが、彼は、知識の源としての「バクティ」と官能的な「マニア」とを区別した。「バクティ」とは、サンスクリット語で、「献身」「信愛」「信仰」「神への愛」「帰依」を意味する言葉であり、「マニア」とは、マニアの語源はギリシャ語で「狂気」のことであり、自身の趣味の対象において、周囲の目をも気にしないようなところもある事から、「~狂(きょう)」と訳され、ほぼ同義のものとされている。
 さらに、 プラトンは、 官能的な「マニア」を、酩酊と陶酔のダンスを伴う「マニア」と性愛に結びつくエロチックな「マニア」に分けて考えた。前者の 酩酊と陶酔のダンスを伴う「マニア」は、ディオニュソスとより直接的なつながりを持つと見なした。

 プラトンもニーチェもディオニュソス的なものに強いあこがれを持っていたということは、ヨーロッパにありながら、アジア的なものを理解する感性を持っていたということであり、そのような哲学者は歴史上二人以外に見当たらない。
なお、「ディオニュソス」については、電子書籍「さまよえるニーチェの亡霊」の第3章に少し書いたので、ここに紹介しておく。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/nietye03.pdf

さて、 ニーチェの憧れたゾロアスター教は人間の自由意志による選択を非常に重視する。天国も地獄も自己の自由意志にもとづく選択による結果。人は自らの選択による応報をどこまでも受けねばならぬ。自らの責任を担う以外にないのである。「ニーチェの馬」との関連で今私のいちばん言いたいことはこのことだ。
私たちは、国家や宗教の意向に左右されず、自らの自由意志によって生きたいものだ。それがニーチェのいう「力への意思」である。ニーチェは「キリスト教くそくらえ」と言っていたのだ。 私たちは、自分の自由意志によって高みの目標を定め、「力への意思」によって、一歩一歩高みに登っていかねばならない。死ぬまで・・・だ。だって、私たちは死ぬまで生きているのだから・・・・。 人間は何のために生きているか? それは、「生きるため」に生きているのである。 ともかく生きることだ。自分の自由意志で死んではならぬ。自分の自由意志で、高みの目標を定め、それに向かって小さな小さな一歩を黙々と歩かなければならない。



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