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2012年10月13日 (土)

私の電子書籍「祈りの科学シリーズ(1)」第12章より

今西錦司の「黒もじの杖」

今西錦司は次のような不思議な話をしている。「外なる神」の助けによる「直観」の事例として紹介しておきたい。今西錦司は次のように語っている。

ひとつだけ、比較的最近に出あった経験を,お話ししましょう。この二月に,四国の山,といいましても足摺岬に近い南のほうの山へ登りにいった。あの辺までゆくと,断然照葉樹が多いのですが,その照葉樹林の林床に雪がつもっていて、ちょっとエキゾチックな感じがした。

 私はその照葉樹の若木で,一本杖がつくりたいとおもい、いっしょにいった人たちにこの旨をつたえた。そしたらみなさんはご親切にも、これはどうかと何本かの木を伐ってくださったが、どれもこれも太すぎたり重すぎたりして、私の気にいらなかった。もう今夜は高知からフェリーに乗ってかえるという最後の日は,城戸木森(908メートル)という山に登っていた。私はもうすっかり杖のことなどすっかり忘れていた。頂上について,例のごとく,ウィスキーの水割りを、雪を浮かべて、何杯かのみ、例のごとく,ほろ酔い上機嫌になって,山をくだりはじめた。足もとだけを注意しながら。
 ふと、なにものかが、私を呼びとめたような気がしたので、心持ち振りかえったとたんに、「ああ、あった」と叫んで,私はその木に近づいた。そして、手にしている愛用の杖を,その木にあてがってみた。二つはそっくり同じ太さではないか。さっそく鉈をもったひとを呼んで,その木を伐ってもらった。(注:この話はかって人から聞いたことがあり、拙著「桃源雲情」に「黒もじの杖」というタイトルで紹介したことがある。)
 そのときはただそれだけのことで、なんともおもわなかったけれど、後になって考えるほどに,その木とのめぐりあいが、不思議におもわれだした。なにしろ私は上機嫌で,杖のことなどすっかり忘れて,山をくだっていたのである。なにが私を呼びとめたのだろうか。振りかえってみて、はじめてそこに、その木が立っていることを,見つけたのである。さっきの藤岡喜愛の直観のよく利く状態にあったのだろう。だからこそ、なにがよびとめたのかしらないが、その呼びとめに応ずることができたのであろう。

私の電子書籍「祈りの科学シリーズ(1)」は、電子書籍ショップで購入していただけると誠にありがたいのですが・・・。
http://honto.jp/ebook/pd-series_B-MBJ-27435-9-124989X.html

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