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2012年10月 7日 (日)

「祈りの科学シリーズ」

「祈りの科学」シリーズ

1、 <100匹目の猿>が100匹・・・「リズム」と「祈り
http://honto.jp/ebook/pd_25231954.html

最新の科学的知見をもとに書いたものである。日本は本来「祈り」の国であり、「祈りの国にっぽん」と称してよい。 今後、 日本は、そこに大いなる誇りと大きな自信を持って、世界平和のために尽力していかなければならない。

2、 今西錦司のリーダー論と松尾稔の技術論・・・原始力発電は悪魔的技術である
http://honto.jp/ebook/pd_25231955.html

知る人ぞ知る。今西錦司は科学者であり登山家である。今西錦司は誰もまねのできない天才的な永世リーダーであるが、山で培われた直観力によって、この世に他に類例を見ない知見を残した。今西進化論はとみに有名であるが、今西錦司のリーダー論もすごい。今西錦司の系譜に連なる松尾稔君は私の尊敬する友人であるが、元名古屋大学の総長を勤め、彼の技術論は確かである。その松尾稔君に今西錦司を語ってもらい、21世紀の道標としたい。

3、 怨霊と祈り・・・祭りに未来を託す
http://honto.jp/ebook/pd_25231956.html

天神、神田明神、鎌倉大仏は、怨霊信仰がもととなって建立された。日本の三大怨霊は菅原道真と平将門と源頼朝である。今や守護神に変身しているが、それら三大怨霊の力が抜群に大きかっただけに、天神さんや神田明神や鎌倉大仏のお利益は絶大である。せいぜいお参りをして欲しい。怨霊信仰は時代とともに進化して村の祭りとも繋がっていく。 祭りの最大の意義は、「外なる神」との交信にある。人々と「外なる神」との響きあう重要なインターフェース、それが村の祭りである。「祈り」こそ大事。今後、世界共通の「祈り」を創っていかなければならないと思う。

4、「祈りの国」にっぽん・・・「モノ」の哲学
http://honto.jp/ebook/pd_25231957.html

国の基礎は地域コミュニティである。 中沢新一の 「モノ」の哲学は「光と陰の哲学」と言って良い。ハイブリッド思想を支える哲学だ。「野生の精神」を身につけないとその実践は難しい。だから「野生の精神」を身に付けた慈覚大師や明恵に学ぶところが大きいのだ。摩多羅神 は本音(ほんね)の神であり,慈覚大師の考え出した天台宗では極めて重要な神である。明恵は、 月をこよなく愛し、月を歌った歌が多いため「月の歌人」とも言われているが、両頭を截断して今の象徴天皇の基をつくった。日本の国家構造は天皇を中心とした「中空構造」になっており、両頭が截断されている。 天皇は私たちあっての天皇であり、私たちは天皇あっての私たちである。 天皇は祈る人である。私たちも天皇に習って国民の幸せを祈らなければならない。自分の幸せ、親や子供の幸せ、友達の幸せ、地域の人々の幸せ、みんなの幸せ、世界の平和を祈らなければならない。そういう生活を送りたいものだ。

5、 天皇はん・・・天皇と国民
http://honto.jp/ebook/pd_25231958.html

京都では「天皇はん」と言う。京都では天皇と人々とのインターフェースが多く。その例として、「チンチン電車」と「廬山寺(ろざんじ)」と「宇治」を取り上げた。天皇は「空」の存在である。天皇は、 天皇は国民の安寧を願って、ただひたすら神に祈っておられる。天皇は「祈り」の人だ。天皇は国民のためにある。国民は天皇のためにある。天皇と国民とのインターフェースをもっと増やさなければならない。廬山寺の角大師(つのだいし)はそのことを示唆してはいないか?

6、 地域通貨・・・地域の自立的発展
http://honto.jp/ebook/pd_25231959.html

日本復興を図る上で「地域通貨」は避けて通れない問題である。市場経済をなくすことができない以上、贈与経済とのハイブリッド経済を考えねばならない。世界経済の行く末及び世界構造のあり方を考えたとき、どうしても地域通貨が浮かび上がってこざるを得ないので、若干の考察をした。しかし、地域通貨の問題は、現下の緊急、かつ、重要な国内問題である。「農」は国の基本であり、地域の基本である。「農」を基本とした地域の自立的発展を図らない限り、地域コミュニティは崩壊をつづけ、やがて日本は崩壊するに違いない。これからは心の時代である。家族農業も大事にし、「協和」を旗印に、輝かしい地域コミュニティと日本を創っていきたいものだ。

7、「野生の思考」と政治・・・「外なる神」の作用
http://honto.jp/ebook/pd_25231960.html

フランス革命の実態は、怨霊と怨霊の闘いであり、同胞との響きあいが足らない。 多くの同胞との大いなる響きあい、それはアメリカインディアンの大いなる「野生の思考」であり、アメリカインディアンのそういう「野生の思考」が民主主義の原点でもある。フランス革命はそういう「野生の思考」が欠如していたのである。一方、アメリカ建国の足どりはイロコイ族に「手を引かれるようにして」進んだのであり、民主主義の原点はインディアン哲学にある。これから世界は、インディアンの大いなる「野生の思考」に学ばなければならない。日本は、戦前、3・15事件と2・26事件を経験しながら軍国主義に進んでいったが、それらの端緒となったいわゆる血盟団事件について考察する。井上日召のどこが間違っていたのか?「野生の思考」の巨人・今西錦司の直観を勉強しながら、私の得た結論、それは「祈り」こそ平和の原理であるということだ。

8、 平和国家のジオパーク・・・地域の芸能
http://honto.jp/ebook/pd_25231961.html

昨年の「トイレの神さま」流行の秘密は「リズム」にある。そして、 21世紀は「リズムの時代」でありまた「祈りの時代」である。だから、これからの時代は「祈り」をキーワードに地域づくりをすすめていかなければならないが、同時に、中沢新一の「モノ」の哲学にしたがって地域づくりを進めていかなければならないし、それをベースにしたジオパークが必要なのである。ジオパークは宇宙の時代の地球公園である。そこでは「外なる神」と「内なる神」の響きあう「リズム」に満ちていなければならない。本来芸能は神に捧げるものである。神を喜ばすものである。私が地域の芸能を重視する所以である。

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