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2012年10月20日 (土)

私の電子書籍「女性礼賛」の補筆第2章より

棚機津女(たなばたつめ)伝説の源流・・・縄文人の世界観

 ここでも七夕祭りについて考えてみたい。七夕伝説は、みなさんもよくご承知のように、以下のような内容である。

『 昔々、天の川のそばには天の神様が住んでいました。天の神様には、一人の娘がいました。名前を織姫と言いました。織姫は機を織って、神様たちの着物を作る仕事をしていました。織姫がやがて年頃になり、天の神様は娘に、御婿さんを邀えてやろうと思いました。色々探して見つけたのが、天の川の岸で天の牛を飼っている、彦星という若者です。彦星は、とても立派な若者でした。織姫も、かがやくばかりに美しい娘です。二人は相手を一目見ただけで、好きになりました。二人は結婚して、楽しい生活を送るようになりました。でも、仲が良過ぎるのも困りもので、二人は仕事を忘れて、遊んでばかりいるようになったのです。すると、天の神様のもとへ、皆が文句を言いに来るようになりました。「織姫が機織りをしないので、皆の着物が古くてボロボロです。早く新しい着物を作って下さい」「彦星が世話をしないので、牛たちが病気になってしまいます」神様は、すっかり怒ってしまい「二人は天の川の、東と西に別れて暮らすがよい」と、言って、織姫と彦星を、別れ別れにしたのです。でも天の神様は、織姫があまりにも悲しそうにしているのを見て、こう言いました。「一年に一度だけ、七月七日の夜だけ、彦星と会ってもよろしい」 それから、一年に一度会える日だけを楽しみにして、織姫は毎日、一生懸命は機を織りました。天の川の向こうの彦星も、天の牛を飼う仕事に精を出しました。そして、待ちに待った七月七日の夜、織姫は天の川を渡って、彦星の所へ会いに行きます。』

 しかし、このような伝説の裏には、闇の中にあって見えなくなっている真実がある。その隠された真実とは何か? それが問題だ!それを「野生の感覚」で明らかにして慎重の上にも慎重に新たな神話を語らなければならぬ。それが「祭りの再魔術化」である。

 七夕祭りの場合、舞台装置として、私は「八本の柱」をひとつの思いつきとして提案したが、ほかにもいろいろな舞台装置が考えられるであろう。しかし、舞台装置とは別に、もっと大事なのは、実は、七夕祭りに関するいろいろな物語を創作することである。物語の創作そのものは作家の仕事であろうが、それにはしっかりした歴史的な裏付けというものがなければならない。物語の創作にあたってはさまざまな文献的な研究が多角的になされなければならないが、例えば七夕祭りの場合、少なくとも奈良時代に語られていた棚機津女(たなばたつめ)伝説を研究することが不可欠であろう。さらには、そういう観念がどこまで遡れるのか、これは主として考古学的な研究になろう。考古学的にその源流を探りながら、縄文人の生活と棚機津女(たなばたつめ)伝説とがどのように繋がるのか?さらに、歴史は繋がっており、多くの祭りも縄文時代に端を発していると考えられるので、縄文時代の世界観や感性というものを知らねばならない。今のところ判っていない部分が多すぎると言わざるをないが、小林達雄が非常に重要なことを言っている。そこで、ここではまず棚機津女(たなばたつめ)伝説というものがどういうものかその要点を述べ、次いで小林達雄が指摘する縄文人のすばらしい感性を紹介しておきたい。

 七夕(たなばた、しちせき)は、日本、台湾、中国、韓国、ベトナムなどにおける節供、節日の一つ。旧暦の7月7日の夜のことであるが、日本では明治改暦以降、お盆が7月か8月に分かれるように、7月7日又は月遅れの8月7日に分かれて七夕祭りが行われる。五節句の一つにも数えられる。
 古くは、「七夕」を「棚機(たなばた)」や「棚幡」と表記した。これは、そもそも七夕とはお盆行事の一環でもあり、精霊棚とその幡を安置するのが7日の夕方   牽牛と織女の二神であることから7日の夕で「七夕」と書いて「たなばた」と発音するようになったともいう。元来、中国での行事であったものが奈良時代に伝わり、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた言葉である。したがって、七夕祭りの源流を探るには、少なくとも棚機津女(たなばたつめ)の伝説について充分な知識を得ておく必要がある。

 棚機津女(たなばたつめ)は、日本古来の「水場で客神(まろうど)を迎える女性」のことである。棚機津女(たなばたつめ)は盆に入る前、祖霊や客神(まれび
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と)を迎えるため水場で機を織りつつ待つ女性が神格化したもので、我が国では古くから存在していたらしい。水場なのは穢れを払う意味が有り、「聖なる場所」という意味であろう。機織りをするのは織り上がった布を祖霊や神に捧げる儀礼があったからだと言われているが、ここでは機織りについてはあえて触れない。「聖なる場所で客神(まろうど)を迎える」という一点に焦点を絞ってとりあえず私の想いを述べてみるが、こういったことについても学問的な研究が大いに進むことを期待する次第である。

 神という明確な概念がなかった縄文時代においては、客神(まろうど)は他の地域から大変な苦労を重ねながらやってきた客人(まろうと。きゃくじん)であり、いろんな文物や文化や情報を運んできたまことにありがたい人であったに違いない。
 そういう意味では、感覚的に、客人(まろうと)は客神(まろうど)であったに違いない。そして、きっとそこでは威信財(「縄文のマツリと暮らし」、小杉康、二〇〇三年二月,岩波書店)などの交換、すなわち贈与の交換が行われたに違いない。当然、一族としては大歓迎で一族挙げての祭りを行ったのではないか。その場合の音楽や踊りはどんなものであったのであろうか。一族を代表して然るべき女性がその客人をもてなすと同時に子孫繁栄のため、その客人(まろうと)の種を貰い受けたのではないか。その種から立派な子供が誕生するには、神の恵みがなければならない。したがって、客人の種を貰い受ける「場所」というものは、聖なる場所でなければならない。
 七夕祭りの再魔術化に当たってどうしても欠かすことのできない点の二つ目は、「縄文人のエロス性」である。一族を代表しての女性と客人(まろうと)との聖なる交わり、これを「縄文人のエロス性」と呼びたい。折口信夫はその女性は処女でもよかったし、既婚者でもよかったと考えているようだが、どういう女性を登場させるかは物語のストーリー次第だ。

 生きているということはどういうことか?私は、「生きているとは、波動により自然と生命体とが共和しているということである。」と・・・「いのち」の定義をしたい。私は量子脳力学の観点からそう言っているのだが、その詳しい説明はいずれ機会を見て説明するとして、ここでは次に小林達雄の語る縄文人のすばらしい感性を紹介しておきたい。

 有孔鍔付土器(ゆうこうつばつきどき)というのがある。縄文土器は、丁寧な精製品であればなおのこと、必ず口縁が大きく波打ったり、大仰な突起がつけられたりする。ところが精製品の典型でもある 有孔鍔付土器(ゆうこうつばつきどき)は、口縁が水平で、しかも頸部に小穴が一定間隔で並んで一周する。 その孔は、紐を通して皮などを張るのに好都合であり、山内静夫は太鼓ではないかと推定した。世界各地の民族例に、土器太鼓のあることに目をつけたのである。たしかに形を見ると納得いく節がある。しかし、異論も唱えられた。種壷であるという説、醸造器であるという説などである。

 しかし、最近、世界的なパーカッショニストである土取利行のお蔭で太鼓説でほぼ固まったようだ。土取利行は実際に縄文太鼓(もちろんレプリカだが)を作り、信州八ヶ岳で縄文のリズムを呼び戻した。初めての偉業である。


 小林達雄は言う。

『その縄文のリズムが今でも耳のそこにしみついている。永年目に見ることのできなかった縄文文化の一つがやっと姿を現した。そもそもリズムを持たない民族など、世界中どこを探してもいるはずがない。』

 『縄文人が人工的につくりだす音はいかにも低調であった。いわば縄文人は、自ら発する音を自然の音の中に控えめに忍び込ませはするが、あえて個性を強く主張したり際立たせようとはしなかったかのごとくである。』

『縄文人の周りには、拾いだしたらきりがないほどの音があった。いわば縄文人がすみかとする森の中の音すべてが、縄文人の発する声や音とともに一体となっていたのである。』

『楽器が自らの音の調べとリズムを主張するとき、人の身体、人の身振りや身のこなし方にも干渉し、注文をつける。わが国の芸能においては、スリ足で舞い舞いして、なかなか大地からはね跳ぼうとしないのは、楽器の発達が縄文以来、控えめに終始してきたことに遠い由来があるのかもしれない。』


土取利行の直観
http://www.youtube.com/watch?v=qY4vOsbYCf8&feature=related

林達雄と土取利行との対談
http://www.youtube.com/watch?v=d7Wrgrdze9o&feature=related

文のリズム
http://www.youtube.com/watch?v=ma4S9uXEEZs&feature=related


 七夕祭りの再魔術化に当たってどうしても欠かすことのできない点の三つ目は、土取利行がやっとたどり着いた以上のような「縄文人のリズム性」である。

私の電子書籍「女性礼賛」は、電子書籍ショップで購入していただけると誠にありがたいのですが・・・。
http://honto.jp/ebook/pd_25249962.html

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