« 天皇と鬼と百姓と | トップページ | 「天皇と鬼と百姓と」第2章 »

2012年10月11日 (木)

「天皇と鬼と百姓と」第1章

第1章 皇室というもの

 皇室というものをご理解いただくために、まず高円宮(たかまどのみや)妃殿下のお仕事について説明したい。高円宮妃殿下は、素封家の子供であったとはいえ もともと民間の方であり、出生の点で私たちと何ら変るところはない。しかし、高円宮殿下とご結婚なされ年月を経るとともに皇室としてのお仕事を立派にやってこられている。殿下が薨去(こうきょ)されてからも皇室としてのお仕事を見事にやっておられる。ありがたいことだ。高円宮妃殿下のお仕事については宮内庁のホームページに次のように書かれている。すなわち、
 『 高円宮憲仁親王(たかまどのみや のりひとしんのう)は,ご承知のように、平成14年11月21日,御年47歳をもって薨去されました。妃殿下は高円宮殿下とご一緒に、公式行事にご参列になるとともに,高円宮殿下のお仕事を通じてさまざまな活動を行ってこられました。近年では、平成14年5月から6月にかけて,「FIFAワールドカップ」開会式ご臨席のため,大韓民国を公式にご訪問になり,両国の友好のために尽くされました。
 その後も,高円宮殿下のご遺志を継がれ,妃殿下は国際親善に努めてこられました。近年では,平成21年6月から7月,モナコのアルベールⅡ世殿下を表敬訪問されました。引き続き、フランス,エジプトと英国の三カ国をご旅行になりました。主たる目的はエジプトのサルーガ・ガザール自然保護区に建設された「高円宮記念ビジターセンター」の起工式にご臨席になるためです。また英国にて開催されたケンブリッジ大学創立800周年記念行事へもご出席になりました。
 平成22年6月,「FIFAワールドカップ南アフリカ大会」に,日本サッカー協会名誉総裁として,日本代表チームをご激励及び試合のご視察のため,南アフリカをご旅行になりました。また同年6月,フィンランド大統領閣下からのご招待により,同国を公式訪問されました。
 妃殿下は,名誉副総裁として,日本赤十字地方大会にご臨席になるほか,故殿下とご一緒に全国的規模の大会にご臨席になり関係者を励まして来られました。
 妃殿下は,殿下のお志を継いで日本サッカー協会,日加協会,日本水難救済会等の名誉総裁就任をご受諾になりました。また,環境・鳥類保護を目的として活動を行い,世界100ヶ国の環境NGOのネットワークであるバードライフ・インターナショナルの名誉総裁に選任されご就任になりました。』・・・と。

 ではつづいて、皇室というものをご理解いただくために、 寛仁(ともひと)親王同妃両殿下のご活動について、宮内庁のホームページの記載を紹介しておく。すなわち、
『 殿下は,障害者福祉・スポーツ振興・青少年育成・国際親善を軸に幅広い活動を続けておられます。
 特に,心身に障害を持つ者がスキー・ボウリング・ダンス・マラソン等のスポーツを通じて自立し,社会参加の出来るように自ら指導に当たられるほか,筋ジストロフィー等の難病者や重度障害者の自立のための施設の建設・運営管理にも積極的に取り組まれ,障害を持つ者も持たない者も,「共に生きる」社会基盤造りのため,啓蒙・実践両面の活動を続けておられ,7冊の著作を始め全国各地での講演や新聞・雑誌等への著述もなさっています。
 妃殿下は,日本赤十字社名誉副総裁として,日本赤十字地方大会にご臨席になるほか,(社)東京慈恵会・国際婦人福祉協会・福祉団体柏朋会等の組織を通じて,福祉活動に参画されるとともに,(財)日本ばら会名誉総裁として,国内外においてバラの普及などに尽力されています。

 平成4年12月,両殿下は,ニューヨーク・メディカル・コレッジに新設される癌病棟の支援のため訪米され,慈善舞踏会で基調講演をされました。また,平成6年5月,ハワイ州においてクアキニ病院改築の際にも慈善晩餐会で同様の協力をされました。
 平成6年2月,両殿下は,ノルウェー政府の招きで,リレハンメル冬季五輪オリンピックご出席のため同国を訪問され,日本選手団を激励されました。同年7月,妃殿下は,桂宮殿下が実行委員長を務められたシドニー市の王立視聴覚障害児研究所支援のためオーストラリアを訪問され,寬仁親王殿下が4年越しで計画された在留邦人のボランティア精神に基づいた手造りの慈善舞踏会に臨まれました。
 平成10年4月,両殿下は,三笠宮殿下が設立に携わられた「トルコ・日本基金文化センター」開所式典に出席のためトルコを訪問され,平成2年の日本・トルコ修好百周年式典に続き二度目の訪問となりました。』・・・と。
18
 寛仁親王同妃殿下両殿下はこのように皇室として大いなるご活動をしておられるのだが、この他にも私たちの身近なところでいろいろな活動をしておられるのだと思う。私の経験ではこんなことがあった。
 私は関東地方建設局京浜工事事務所の所長をやっていたときに、多摩源流を訪ねる会(代表三谷益己)を中心に、 多摩川と語る会(代表田中喜美子)など30〜40名の仲間と多摩川の源流・笠取山(1953m)の水碑(水の滴り落ちるまさに多摩川の源流)をお目当てに、源流を訪ねていた。それは、河川局長を終え河川環境管理財団の理事長をやっていた頃まで続けられていて、私も何度となく参加した。それが契機となって、山梨県小菅村に多摩川源流研究所(所長中村文明)というのができ、さらに全国源流サミット、そして現在の源流の郷(郷)協議会へと繋がっていく。平成13年にその多摩川源流研究所が設立されてから間もない頃、 多摩源流を訪ねる会代表の三谷益己氏の働きかけがあったのであろう、 寛仁親王同妃殿下両殿下が多摩川源流研究所をご視察されるという、ちょっと信じられないようなうれしい出来事が実現した。両殿下は東京の飲み水の源流がどうなっているのか、「山の人」の生活ぶりはどうなっているのか、そういうことにご関心があったに違いない。小菅村の広瀬村長初め関係者の感激はいうまでもないが、同行さしていただいた私も感激ひとしおであった。どんな団体でもそうだと思うが、地域の環境を何とか守りたい、地域を何とか元気にしたいと必死に取り組んでいる者にとっても、皇室との触れ合いというものが関係者をいかに勇気づけるものであるか、そういうことを肌身に感じたまことにありがいたい経験であった。

 その後、私は、福岡市で行われた平成19年の都市緑化フェアーにおいて、秋篠宮両殿下の案内役をさせていただき、記念植樹や昼食もご一緒させていただくという光栄に浴したことがあった。秋篠宮は、一名「ナマズの殿下」とも称され、ナマズの研究者としても知られているので、「ナマズはやはり地震を察知するのでしょうね。」などとお話しさせていただいたことを今思い出している。殿下は鳥類や両生類の研究者としても著名で、また、「生き物文化誌学会」の設立に尽力。現在同学会常任理事。同学会誌『生き物文化誌 BIOSTORY』の編集委員でもある。「生物」ではなく「生き物」としたことには、カッパなどの伝説上の生物も含む意味合いを込めている。殿下は、一般にはナマズの研究者として知られ、上述のようにナマズの殿下とも通称されている。幼少時からナマズへの興味関心は深かったようだ。平成18年のパラグアイ訪問時には、現地固有種の1.5メートルを超す大型のナマズスルビ(淡白な味で、現地では重要な蛋白源である)を眺める姿が報道された。ナマズに関連して、御成婚のとき、同妃紀子が婚約を記念する指輪としてナマズの指輪を贈られたことが有名である。
 秋篠宮殿下は、自ずと帝王学の道を進んでおられるようで、やがて立派な天皇になられるのは間違いない。誠にうれしい限りである。


私の電子書籍「天皇と鬼と百姓と」は、電子書籍ショップで購入していただけると誠にありがたいと存じます。
http://honto.jp/ebook/search.html?athid=1001816269

« 天皇と鬼と百姓と | トップページ | 「天皇と鬼と百姓と」第2章 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/47397898

この記事へのトラックバック一覧です: 「天皇と鬼と百姓と」第1章:

« 天皇と鬼と百姓と | トップページ | 「天皇と鬼と百姓と」第2章 »