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2012年10月11日 (木)

「天皇と鬼と百姓と」終章

おわりに(終章)

 天皇は日本の「歴史と・伝統・文化」の象徴である。そして鬼は縄文文化の象徴であり、百姓は農村文化の象徴である。農は国の基本であるうえに、農村文化は日本文化のバックボーンをなしている。縄文文化を源流とする日本の技術は世界に冠たるものがあり今なお進化を続けている。私は、今後天皇の「祈り」を中心に日本が新たな世界文明を切り開いていくと考えているが、その場合、日本の「歴史と伝統・文化」の象徴である「天皇のいやさか」が大前提だと思う。現在天皇制に危険信号がついているが、何とかそれを乗り越えなければならない。それにはまず私たち国民が皇室や天皇のことをもっともっと知らなければならない。その上で、今後、日本国が新たな発展を遂げるためには、宮中に鬼や百姓とのインターフェースを作っていく必要がある。
 そういう認識の下,天皇に焦点を当てて、鬼のことや百姓のことを今まで書いてきて、ようやく終章を迎えた。
 ヤマという異界、またそこに住む人や動物と出会うとき、一種の驚きがある。それが虞れである場合もあるし感動である場合もある。夢というのは意識はないが体験が背景にある。農民はそれぞれ自分の体験を持っているが、ムラ人共通の共通体験というものもあるだろう。それが農民の心の深層部分に作用し、ムラの文化を創造、形成していく。中村雄二郎いうところの共通感覚である。ムラ人の常識と考えてよい。
 民話はそういうムラ人の共通感覚で作られていく。ムラ人の共通感覚が、時代によってというよりか、異質な文化との出会いにより変化していけば、民話も自ずと変化していく。
 私たちは、現在を生きている。しかし、鶴見和子の「つららモデル」やハイデッガーの「過在」という概念が指し示すように、現在の文化というものは古来からの伝統・文化に繋がっているものであり、「ヤマの文化」を知らずして形成された共通感覚は本物ではない。現在人の多くは、ヤマを知らないので、現在の共通感覚は本物ではない。ピントが外れているのである。例えば、鹿の問題がある。昨年、静岡県の伊豆半島の鹿の駆除のため、自衛隊の出動要請をした。しかし、現在の法律では、シカ被害は「災害」と認められず、自衛隊の行動として駆除はできないため、自衛隊有志やOBによる組織がボランティアとして参加することとなった。川勝知事は「シカの食害は災害。猟師の手に負えない数になっているので、自衛隊の力を借りて、自然と共生を図れる数に減らしたい」と話したそうだが、何かピントがずれてはいないか。私など山男の感覚からすれば、ヤマは野生動物の世界、ムラやマチは人の住む世界。世界が違うのである。二つの違う世界の間にはバッファーゾーンを設けるべきだし、山の生態系を守るために、私の山岳部の先輩・四手井綱英がいうように、山は天然林に戻さなければならないのである (四手井綱英「森林はモリやハヤシではない」2006年5月、ナカニシヤ出版)。そして、多くの方に異論があろうかと思うが、私などは、熊の生息域を増やしたいし、狼を放獣したいと思っている。オオカミの放獣については、私も会員になっている「日本オオカミ協会」というのがある。その活動状況については、機関誌を参照して貰いたい。
 だから、ヤマの自然に関して、ピント外れな共通感覚は是正されなければならないのである。私たちは、農民の語る民話を通じて、ヤマという異界に想いを馳せ、ヤマの文化を勉強する必要があるのではないか。農民の非日常的な世界であるヤマの文化、それは縄文文化と割り切っていいと思うが、それと接触したときの感動が民話で語られている。また、異界というか 異質な文化に接するとき大事なのは「信用」であり、「共和の心」だが、民話ではそれが語られている。
 現在、山の仕事やノラの仕事に励んでいる人たちは庶民であるが、日本の伝統・文化を継承する人たちである。皇室や宮内庁関係者は、是非天皇家とそういう人たちとのインターフェースを作って、天皇と皇室のいやさかを図っていただきたいし、私たち国民もそれを支持していく必要がある。
 天皇と皇室のいやさかを図ることがこれからの日本の発展のために必要なことであるが、今天皇制が危ない。まず私たちは皇室のこと、天皇のことをよく知ることが肝要である。この本はそういう問題意識の上に立って、天皇のいやさかを祈りながら「天皇と鬼と百姓」のこと書いた。天皇は歴史伝統文化の象徴であり私たち国民統合の象徴である。

 「鬼」はヤマに住む人たちの象徴である。百姓は、民話がそのすべてを語っていると思う。民話、すなわち「百姓」である。これまで、「天皇と鬼と百姓」というテーマで書いてきたので、全体としては天皇に焦点が当たっていたかもしれない。しかし、天皇は日本国民の象徴である。「鬼」に関連する縄文文化や「百姓」に関連する民話、それを知ることは、日本国民を知ることであり、これからの日本にとって極めて大事なことだと思う。

 以下において、縄文文化と民話について、これまでの補筆として、今どうしても言っておかなければならないことだけは是非書いておきたい。


私の電子書籍「天皇と鬼と百姓と」は、電子書籍ショップで購入していただけると誠にありがたいと存じます。
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鹿対策に狼の導入 参照 http://japan-wolf.org/content/faq/

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