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2012年10月10日 (水)

私の電子書籍「祈り科学シリーズ(7)」第4章より

第4章 偉大なるクラウン・マザー

 

 先人の叡智は、なにも時代を遠く遡らなくとも、同時代のしかもごく身近いところにも、見い出すことができる。

 奥さんとか奥方というのは、常に奥に引っ込んでいて、表には出ないけれども、実質的にはいちばんの実力者だ。人類は、おばあさんと、子供と孫の三世代が同居する唯一の生物であるといわれている。 家にはおじいさんもいるかもしれないが、どうしてもおばあさんには頭が上がらないのではないか。し たがって、家の大事はすべて、おばあさんが仕切ることになる。おばあさんが偉いのだ。おばあさんがいたからこそ、人類はこのように発展してきた。 これを「人類発展おばあちゃん説」という。 一見、根 拠のないウソ話のようだが、どうも本当らしい。ものごとの理解の仕方には部分的な見方と、包括的な見方と二つの方法がある。おばあさんはそれまで 生きたいろんな経験をもとに、ものごとを包括して見ることができる。おじいさんは死んでしまってもう居ないという家が多いが、元気に生きていても大体は、 盆栽など何か一つのことに凝ってしまって、全体が見えにくくなっているのではないか。部分的な見方は、思考の流動性に欠けるので、思考停止になりがちだ。 やはり流動的な思考でないと、全体が見渡せないし、脳の進化もしにくいのではないか。私は、そんなことを思いながらおばあさんの偉大さを考えている。おばあさんが居たからこそ、人類はこのように発展してきた。私にはよくわかる。

 さて、インディアンには「クラウン・マザー」という、おばあさんのなかのおばさんがいる。まあ、普通のおばあさんといえば普通のおばあさんだが、子供を育て、人に優しく世話好きで、もっとも人望のあるおばあさんが「クラウン・マザー」に選ばれるのだそ うだ。普段は権力的なことはとくに何もしないのだが、実は、大酋長がおかしくなったと思ったら、その首を切ることができるという。もちろんいきなりという のではなく、三回注意して直らなければということらしい。

ともあれ、大酋長の首切りができるということはすごいことだ。そして、こんなシス こ和の原理」 が隠されているように思われてならない。私は、平和には「奥の奥」という感覚が大切だと考えている。表も大事だが、奥も大事である。光も大事だが、陰も大 事なのだ。御本尊だけではどうも元気が出てこない。進化に自ずと限界が出てくるのではないか。御本尊のほかに「後戸(うしろど)の神」が必要なのである。
 ラカンの説ではないけれど、言葉では真実は語れないのだ。わらわれがいかに考えても、その時に考えつくことなんて大したことではないのではないか。生活に関わることは、おばあさんの知恵で何とかいけるだろう。しかし、社会的な事柄については、歴史の知恵と いうか、歴史と伝統・文化に学ばなければやはり正しい判断はできないのではないか。歴史と伝統・文化のなかに隠れたものが多いが、それを見るためにはやはり「野生の思考」が必要だ。アメリカインディアンの哲学は「野生の思考」にもとづいており、実に奥深いものがある。私には、この「クラウン・マザー」というシステムを生み出したインディアンの大いなる知恵に学ばなければならないと考えている。

私の電子書籍「祈りの科学シリーズ(7)」は、電子書籍ショップで購入していただけると誠にありがたいのですが・・・。
http://honto.jp/ebook/pd-series_B-MBJ-27435-9-124989X.html

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