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2012年9月28日 (金)

対話と地域コミュニティ

対話と地域コミュニティ

 人びとが幸せにイキイキと生きていくには、何よりも政治が大事だと考え、そのために哲学の大系を作り上げた人はプラトンである。その後偉大な哲学者が出てはいるが、すべてプラトン哲学の部分的な脚注だと言われている。だから私たちはプラトンを勉強しなければならない。

ところで、私は今の日本の政治を ポピュリズム(大衆主義) であると肯定的に捉えながら、その「ゆくえ」を心配している。民主主義の原点が草の根民主主義にあるとすれば、民主主義がどうなるか、 ポピュリズム(大衆主義)がどうなるか、そのゆくえはひとえに地域コミュニティが今後どうなっていくかにかかっている。私はそう思う。地域コミュニティの有り様次第である。
かかる観点から、「ポピュリズムのゆくえ」を考える際の基本的な問題として「対話と地域コミュニティ」という問題を考えてみた。

プラトンの考えからいえば、まず政治家が問題提起をし、それをもとにさまざまな対話が起こるのであって、対話の原点には政治家がいる。したがって、政治家たるものは、地域の人々の幸せのために欠かすことのできない問題についてはそのための政策を発信しなければならない。政治家は、企業がそうであるのと同じように、良い政治商品を一般大衆に提供していけば良いのである。それがポピュリズムの本質だ。
市場経済下におけるポピュリズムが成功するかどうかは政治家の質にかかっている。政治家は天下国家の事も考えねばならないし地域コミュニティの事も考えねばならないが、何よりも大事なのはプラトンがいうように「哲学」である。プラトン以降政治を語った哲学者は見受けられない。政治を語った偉大な哲学者はプラトンをおいてほかにないのである。かかる観点から、「ポピュリズムのゆくえ」を探る上でプラトン哲学が不可欠である。私は、プラトン哲学の心髄はエロス論であると思う。では、プラトンのエロス論がどのように「ポピュリズムのゆくえ」と関係してくるのか?

 地域コミュニティというものは、必ずマイノリティがでてくる。これは避けられない。地域コミュニティはマジョリティの住み良い地域社会のことであり、そこからはじき出されたのがマイノリティであるから、地域コミュニティの問題を考える際には、マジョリティとマイノリティがともにイキイキと生きていけるような社会構造というものが問題となる。したがって、政治家と住民はともにこの問題を考えて対話を重ねていかなければならない。  私たちは身体を生きているが、それはとりもなおさず「エロスの原理」によって生きていることに他ならない。主体がすべての対象と向き合うとき、その対象が女性であれ男性であれ、自然であれ、神であれ、すべての場合、「エロスの原理」が作用する。このことは上述したとおりである。だとすれば、マジョリティとマイノリティがともにイキイキと生きていくための原理として「エロスの原理」は考えられなければならない。「エロスの原理」のもとづく社会構造とはどのようなものか? そこが問題で・・・・、この本の主題はそこにある。「エロスの原理」を考えないと「理想的な地域コミュニティ」は作れないというのが私の基本的な考えである。

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