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2012年9月27日 (木)

NPOの現状と課題

NPOの現状と課題

 今ここで地域コミュニティと言ったり、単にコミュニティと言ったりしてきているが、ここらでコミュニティの定義をはっきりさせた方が良いだろう。私は、地域コミュニティのほかに、事域(じいき)コミュニティがある。地域コミュニティは地域を領域とするコミュニティである。それに対して事域コミュニティは事(こと)を領域とするコミュニティである。
 NPOとは、「Nonprofit Organization」又は「Not-for-Profit Organization」の略で、広義では非営利団体のこと。狭義では、非営利での社会貢献活動や慈善活動を行う市民団体のこと。最狭義では、特定非営利活動促進法(1998年3月成立)により法人格を得た団体(特定非営利活動法人)のことを指す。なお、米国や英国などではNon-profitというが、韓国や台湾などではNPOという表現が使われている。  1990年から行われたジョンズ・ホプキンス大学国際比較研究プロジェクトにおいては、国際比較を可能とするためにNPOを次の要件を満たすものと定義した。

(1)正式の組織(Formal Organization)であること

(2)非政府組織であること(Non-Political)

(3)利益を配分しないこと(Non-Profit Distributing)

(4)自己統治(Self-Governing)

(5)自発的であること(Voluntary) 
1994年までの研究プロジェクト第1段階では、
(6)非宗教組織であること

(7)非政党団体であること

が付け加えられたが、あくまで比較作業上の理由によるものであり、第2段階では、上記の狭義の定義と、(6)(7)を要件から除外し、さらに協同組合と相互団体を加えた広義の定義との2本立てで調査が行われた。
 わが国におけるNPOは現在、2万2千団体ほどあるが、現状は、そのほとんど(60%)が500万円以下の小規模な団体である。 財政状況は全般的に非常に厳しく、赤字団体が約半分あるといわれている。 現在は課題は次のとおりである。
行政の下請け化の問題が指摘されるところだが、委託事業に多くのエネルギーを投じるために、寄付やボランティアを次第に集めなくなり、新たな課題の発見力などの創意工夫力が低下するなどの傾向がみられる。
寄付や会費は、収入の多様性に寄与するが、なかなか寄付は集めにくいし、会員もなかなか増えない。事業収入は収入規模の拡大に寄与するものの、親方日の丸的な経営をやっているところが多く、また小規模なる故に事業収入を確保することは非常に難しい状態にある。
信用問題も浮上している。法律で義務づけられている事業報告書の未提出率が20%を超えており(東京都、神奈川)、情報開示も全般に十分とはいえない。また、自治体、企業、社会福祉法人などの団体がNPO法人を設立している比率が30%にのぼっており、NPO法の目的とは異なる法人制度の使われ方をされている可能性がある。

 要するに、NPO自体が行政と協調していけるほどの組織に成長していないのである。そして行政の方でも人的なパワー不足で独創性を持って取り組めるほどの余裕がない。もしNPOのボランティアパワーが行政の隙間を埋めてくれるとしたら、行政もいつまでも前例にとらわれることなく、積極的に新しいことにチャレンジする余裕も生まれる。NPOが住民との仲立ちとなり、窓口となることで共存関係が生まれてくるのだが、残念ながら、そうしたNPOが育つ土壌がないと言わざるを得ないのではないか。だとすれば、行政OBがNPOを住民とともに組織し、行政の隙間を埋めたり、またチェックしたりすることで、行政と住民の双方向性が生まれ、透明性も高まっていくのではなかろうか。私は、そういう観点から、坂本恵一が声高に主張していた「リージョナル・コンプレックス」を一日も早く作っていく必要があると思う。
 地域づくりについては、それぞれの地域の住民の選択と責任のもと、地域自らが主体的に取り組めるような体制づくりが強く求められている。 




 地域づくりは人づくりとよく言われるが、地域づくりに取り組むサークルないし団体がイキイキしていなければならない。数名のサークルから大きな団 体までいろんな組織があって、イキイキと独自の活動をしている。そして、それらの組織が何かある共通のテーマで結ばれている、そういう地域社会はイキイキ している。坂本慶一氏(福井県立大学学長)は、リージョナルコンプレックスと呼んでいるが、今後、わが国は、そういう地域社会の実現を目指さなければなら ない。それが開かれた地域社会であり、共生、交流、連携(ちなみに、共生、交流、連携は同根の言葉であるがこの順序で概念が広い)をキーワードとする共生社会である。 
 住民の属するコミュニティレベルといった地域社会の活性化も必要ではあるが、コミュニティレベルを超えて、個人を主体にした地域活動がより重要に なってくる。わが国のいわゆる「むら社会」は、そのような地域社会に変革されなければならない。 
 事実、近年は、地域づくりにおいて、地域住民(ボランティア団体)や地域の企業、さらには非営利団体等の果たす役割がますます重要になってきてい るようで、このような多様な主体が、その有する人材やノウハウを活用しつつ、互いに交流、そして場合により緩やかに連携しながら、地域づくりに積極的に参 画するというケースも多くなりつつある。 
 リージョナルコンプレックスを形成していくため、福祉その他各分野の施策が必要であるが、国土政策においてもそのことが重視されなければならないのであって、地域における多くのサークルないし団体が何を共通のテーマにして交流、連携するのが適当なのか、現在、その点の議論が欠けている。 
 現在は、本格的な高度情報化の時代の幕開け。今後は、従来、各種の制約によって活動範囲が狭められていた人々が、フェイス・トゥ・フェイスに近い 環境でのコミュニケーションを通じて、経済社会活動に積極的に参画し、自らの能力をより発揮することが可能となる。
 高度情報化については、政策的にも各般にわたって積極的な取り組みが必要であるが、これからの地域づくりには交流、連携が不可欠であるので、マルチメディアやパソコン通信を前提としたコミュニケーションシステムを地域に構築していく必要がある。そのことは、高度情報化を推し進めることにもなるが(我 が国の場合とかくハード先行と言われており、われわれはもっと利用に熱心でなければならないと思うが、今はその点に触れない)、何よりもリージョナルコン プレックスの育成にも不可欠なことであろう。 
 今後の国土政策の最大の課題は、過疎地域の活性化である。人口はともかく、イキイキとした地域社会を作ることである。共生、交流、連携をキーワー ドとした共生社会を作らなければならない。そのためには、リージョナルコンプレックスを作らなければならない。したがって、これからの国土政策の重要戦略は、如何にリージョナルコンプレックスの育成をしながら地域づくりを進めていくか、そこになければならな い。 
 この点について、もう少し説明をしておきたい。これからの国土政策は、ハード面については産業基盤というより生活基盤が中心になるので、それをど のように作っていくのか、そういったソフト面を重視しなければならない。生活基盤というものは、大変幅が広く、中にはハード先行でソフトが後からついてく るというものもあるにはあるが、むしろ、ソフトが先行して、それを支援する形でハードが後からついて行くというほうが望ましいであろう。 
 町とか村というものは地域の住民が作り上げていくものであり、町づくり、村づくりは、地域の住民が主役である。ソフトが重視されなけらばならない所以である。ハード面を考えると同時にソフト面を考える、また、ソフト面を考えると同時にハード面を考えると言うことが肝要である。リージョナルコンプ レックスの育成というのは、言うまでもなくソフト面である。広域根幹施設は別として、生活に身近な施設になればなるほど、ソフトの内容でハードの内容が 違ってくるし、ハードの内容でソフトの内容が違ってくる。したがって、これからの国土政策は、リージョナルコンプレックスの育成ということを考えながら、 そのために必要などのようなハードをどのように作っていくのか、その点が戦略として極めて重要であるということだ。
 経済には、市場経済と贈与経済がある。市場経済があまりにも強すぎて、現在、贈与経済がかすんでいる。しかし、贈与経済については、現在も宗教活動などが行われているし、今後、各種ボランティア活動を増やしていかなければならない。 ボランティア活動の活性化方策、それが今わが国におけるいちばんの問題だが、多くの人が都市に住んでいるので、やはり、日本全体のことを考えると、都市住民が望むボランティア活動というものが大事である。となると、都市住民の希望というものを考えね ばならない。今、わが国において、都市住民は何を望んでいるか? それが問題だが、私は、経済的な側面というより、むしろ森岡正博のいう「生命的な欲望」に光を当て、できるだけ多くの人がイキイキと暮らしていけるように、そのための「場」、 今ここでは宗教活動の場はちょっと横において、「 都市におけるボランティア活動の場」というものをおおいに創っていかなければならないというのが私の考えだ。都市におけるボランティア活動を如何に活性化させていくか、そのことを考えねばならない。そのためには、ボランティア活動を支える、地域通貨の哲学的な意味合いをはっきりさせなければならない。地域通貨の哲学である。
地域通貨はさまざまなボランティア活動の経済インフラである。その哲学的な意味合いが多くの人に理解され支持されれば、いろいろなボランティア活動が活性化し、「贈与の連鎖」が起って、イキイキとした世の中になるんではなかろうか。私はそういう期待を持っているのである。
 「和の原理」は、「グウチョキパーの原理」である。2は対立の数字といわれ、3は調和の数字といわれている。二人が争えばどちらかの顔がつぶれるが、三人 だと三人とも顔が立つようにルールを決めることができる。グウとチョキとパーの役割さえ決めればいいのだ。「グウチョキパーの原理」が働いて「和」が保た れる。三つ一組のものを英語でtriad(トライアッド)というが、河合隼雄は次のように言っている。『一、二、三、という数について考えてみるとき、一はまさにはじまりであり、唯一である。それが二となると、分離、対立、協調、均衡などの様相が生じてくる。事実、「二人の創造者」というのも、神話によく生じる テーマである。それが、三になると、二の様相に相当なダイナミズムが加わってくる。三人よれば「文殊の知恵」というが、仲間の基礎単位は三人であり、ボランタリーグループは三人から始めれば、グループメンバーの数は級数的に増えていく。例えば三人に一人増えれば、トライアッドは最初一組であったものが6組となる。その次が13組である。二項定理にしたがって増えるのである。それだけ「知恵」が数が増え、グループの有意義な活動は増えていく。そういうことで、私は、NPOというものは、ある程度の規模までは容易に作れるものと考えている。問題はNPOの活動を裏打ちする財政基盤というか経済基盤であり、NPOの規模はいつに経済基盤にかかっている。 ニーチェのいう「最高の賢者」は、レヴィナスのいう「始源の贈与」に目覚め、「他者」の無限性の中にすべての責任を一身に引き受け、身を捨てて事(こと)に当たる人のことであるが、それほどの覚悟がなくても、弱者のために自分のできる事(こと)を何かしたいという志を持つ人は決して少なくない。そういう志しのある人は、是非、トライアッドを念頭においていただいて、「志縁」で繋がるボランティア団体・NPOを積極的に作ってほしい。問題はその経済基盤だ。
 この節の(1)NPOの現状と課題で述べたように、NPOでやはり一番問題なのはその財政基盤というか経済基盤である。それを支えるものが二つあって、ひとつは「地域通貨」であって、ボランティア団体自らが独自発行の通貨を持つということである。ボランティア団体が複数ある場合は、統合組織を作る必要がある。「地域通貨」を梃子に各ボランティア団体に対する財政的な支援が考えられる筈だ。もうひとつは行政、国と都道府県と市町村の行政があるが、ここでは現場サイドの行政をいっている。現場の事務所レベルの支援ということだ。リージョナル・コンプレックスでのコミュニケーションの中で現場事務所レベルにおける行政の支援の可能性を模索してもらいたい。全国的なNPOの場合は、行政の経済的支援のほかに、然るべき「権威」が必要だが、地域コミュニティにおけ
るローカルなNPOの場合は、「権威」というものはともかく、どうしても現場サイドの経済的支援が必要である。この事が大前提だが、このほかに、「権威」に裏打ちされた全国的な「マイノリティを支援するNPO」と地域コミュニティ内のNPOとの繋がり不可欠かと思われる。次は全国的な「マイノリティを支援するNPO」について述べる。

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