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2012年7月31日 (火)

グノーシス

1966年4月にイタリアのメッシーナ大学で グノーシス主義研究者たちの「国際コロキウム(シンポジウム)」が開催され、そこでグノーシス主義とは何であるかという学術的な定義について一つの提案が 行われた。これを「メッシーナ提案」と通称する。半世紀近くの時を経てグノーシス主義に関する研究も進展したが、グノーシス主義を語る上でメッシーナ提案 は研究者たちの共通基本認識として前提となる。

この提案では、紀元2世紀から3世紀頃のキリスト教グノーシス体系を「グノーシス主義」と定義し、より広い意味での「秘教的知識」の歴史的カテゴリーを「グノーシス」と定義した[1]。この提案によれば、「グノーシス」とは「グノーシス主義」を「典型」とする非常に範囲の広い意味を持つことになり、これはハンス・ヨナスが提唱したように、「精神の姿勢・現存在の姿勢」であるという解釈が概ねにおいて承認されたものである。マニ教や、カタリ派、ボゴミール派などは当然として、それ以外にも、時代や地域を越えて、「グノーシス」は人間の世界把握の様式から来る宗教または哲学的思想として普遍的に存在するものとの考えが示された。

しかし必ずしもこの定義が定着したわけではなく、私は、中沢新一の「グノーシス」についての説明が判り良いので、以下にそれを紹介したいと思う。

「グ ノーシス」については、中沢新一が著書「ミクロコスモス1」(2007年4月、四季社)の」中で次のように言っている。すなわち、

『  プラトンの哲学は、アジアから襲来した一神教の萌芽をはらんだディオニソス祭儀がもたらした衝撃を、内部に包み込み、吸収しつくすことによって、ギリ シャ的な伝統に新しい形態の同質性を回復するものとして、創造されている。当時の言い方を使えば、「文明」の中枢部を直撃した「野蛮」のテロリズムを、自 分の内部に呑み込み変質させることによって、「野蛮」の「文明化」を実現してみせたということになる。この思想的創造は「文明」と「野蛮」のフロンティア でおこなわれた。一時は「野蛮」の勢力がギリシャ世界深く食い込んできたのであるが、それを内部に深く取り入れて見えなくすることによって、プラトン哲学 は両者のフロンティアを一瞬見えないものにさせる力を持っていた。フロンティアが見かけ上消失したのである。そして表面には「文明」しか見えなくなった。 つまり、このとき一瞬、「文明」が普遍的であるかのような事態がつくりだされたわけであり、こののちプラトン哲学が「ヨーロッパ」の普遍性の哲学的表現の ように扱われるようになった理由の一つは、そのあたりにもある。
し かし、現実に目を移せば、「文明」と「野蛮」のフロンティアのこちら側には「文明」の勢力が蟠踞しているが、向こう側には「野蛮」が対峙しているのであ る。となれば、「文明」的な社会集団にとっての有機的知識人が形成されるのと同じようにして、「野蛮」な社会集団の中からも、その社会集団の同質性と機能 の意義を表現しようとする有機的知識人が生まれてもおかしくないはずである。そのときには、「野蛮」な社会集団出身の「有機的知識人」のつくりだす哲学や 文学や芸術は、プラトンが「文明」の側から創造した哲学とは、根本的に異質な構造として構築されることになるのではないか。それは「野蛮」を「文明化」し ようとする趨勢に対立して、「野蛮による文明」を構築しようと試みる筈であり、そこからはプラトンがつくりだそうとしたものとは異質な「魂 の構造」が 生み出されてくるに違いない…・そのような構造に対して与えられた名前、それが「グノーシス」である。』・・・と。

ここで注意すべきは「野蛮」という言葉である。中沢新一は、レビヴィ=ストロースの「野生の思考」を念頭において「野蛮」という言葉を使っている。彼は、 「野生の思考」は、芸術と科学のたぐいまれな結合を可能にする「21世紀の知性」だと考えている。

グノーシスはまさにニューエイジ運動そのものであると考えてよい。北欧を中心として展開されている「カルト運動」は、まさに中沢新一のいう「グノーシス」であって、私たちはそれを真正面から受け止めなければならないのではないか。

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