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2011年9月 2日 (金)

第6章第5節「共生」より「協和」が良い!

6、5 「共生」より「協和」が良い!

社会構造の問題は、世界構造の問題も含め て、三元論、すなわち「トリニティ論」でないと解けない。心の問題、魂の問題が絡むからだ。物質的な世界を意味する「意味平面」に垂直な「魂の自由」を表 現する「第三の軸」を考えねばならない。私は、音楽でいう「協和」と「不協和」という言い方を提案した.。「ハーモニー」とか「響き合い」をイメージでき るからだ。
資本=ネーション=国家という「トリニ ティ構造」において、心の問題、魂の問題に関係するのは、ネーション(民族)であり、これが「第三の軸」に相当する。「自由」、「平等」、「共生」という 「トリニティ構造」においては、「共生」が「第三の軸」に相当する。ここでは「協和」という新たな言葉を提案している。「共生」の内、「コミュニケーショ ン」なり「触れ合い」から一歩進んで・・・何かを一緒にやる場合の・・・「連携」つまり「ネットワーク」が「協和」である。
生物学的な意味での狭義の「共生」、それ と「コミュニケーション(触れ合い)」と「ネットワーク(連携)」は、哲学的には同じことである。「共生」は傷つけ合うこともある得る状態。「コミュニ ケーション(触れ合い)」は意見が一致しなくていいからともかく相手の立場になって話を聞く状態。意見は一致しなくていい。「ネットワーク(連携)」は一 部で良いから意見が一致して一緒に何かをやる状態。それぞれニュアンスの違いはあるが、哲学的には一緒で、これから21世紀は「共生社会」を目指そうと 言っても良いし、「コミュニケーション社会」を目指そうと言っても良いし、「ネットワーク社会」を目指そうと言っても良い。まあ、同じことだ。ここでは、 「コミュニケーション(触れ合い)」と「ネットワーク(連携)」を含み、単に「共生」と呼ぶ。
だから、一言で「共生」といってもさまざ まは形態があるのである。「地域コミュニティ」はさまざまな人が「矛盾だらけの人生」というか「矛盾社会」を生きており、「共生」の実体験はさまざまだ。 お互い傷つけ合いことはしょっちゅうだし、話し合ってもなかなか相手が同調してくれないので苦労するなんてことも日常茶飯事に起きる。もちろん、意見が一 致して一緒に何かをやるということもある。「地域コミュニティ」は社会の縮図である。社会の最小単位「スモールワールド」である。したがって、ネーション (民族)と「共生」と「地域コミュニティ」は、「心」に関係する「第三の軸」に相当するのである。かかる観点に立って、私は、資本と国家と「地域コミュニ ティ」という「トリニティ構造」を念頭においている。現在、日本では、あまりにも資本と国家が強すぎて、「地域コミュニティ」がほとんど消えかかってい る。私は、ここにさまざま社会問題が発生する根本原因があると考えている。

今「無縁社会」が深刻な問題になってきて いるが、この問題は、「自立」に対する認識が社会全体としてあまりにも希薄すぎる・・・というところからきている。
「自立」は、周りの人とのいろんな関係の 中でできていくものである。決して独自で「自立」できるものではない。「ネットワーク」の最小単位は三人である。三人は極端であるにしても、そういう濃密 というか小さな「ネットワーク」の中で「自立」が達成できるのである。すなわち、「無縁社会」の問題は、「地域コミュニティの自立」を図らない限り解決で きない。「地域コミュニティ」はほとんど消えかかっている。それが問題の核心でだ。
「ネットワーク」の心髄は何か? 私はこ のシリーズで「アイデンティティネットワーク」を紹介したが、自己の「アイデンティティネットワーク」と他者の「アイデンティティネットワーク」とがどこ でどう響きい合うのか? そういう響き合いの中で、はたして「魂の自由」は得られるか? 「欲望に満ちた社会」というか「矛盾社会」を生きながら、はたし て「ネットワーク」によって・・・森岡正博のいう「転轍」は行なうことができるのか? などなど・・・「ネットワーク」については、まだまだ勉強しなけれ ばならないことが多い。しかし、ここでは、とりあえず、「地域コミュニティの自立」の問題は「魂の自由」の問題でもあり、世界構造を考える上でもっとも大 事な問題である・・・ということを提起した次第である。

今、日本は、世界に先駆け、「地域コミュ ニティの自立」の問題と取り組まなければならない。現実は混沌とした「矛盾社会」ではあるが将来に希望はある。市場経済の中に、一部、贈与経済(地域通 貨)を取り込むなど、「地域コミュニティの自立」のための新たな取り組みの中に大いなる希望が湧いてくる筈だ。響き合いつまり「協和」という希望だ。それ では、最後に、その希望を込めて宮沢賢治の詩を掲げておこう。こういう感覚が「地域コミュニティ」の共通感覚(常識)になれば良い。

雨 ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト
味噲ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ッテコワガラナクテモイイトイイ
北ニケンカヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ

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