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2011年7月10日 (日)

第2章第4節 錦(きん)さんたち

2、4 錦(きん)さんたち

私は京都大学で大学生活を送ったが,その中心は土木工学科の村山朔郎研究室と山岳部であって、素晴らしい多くの先輩と同僚,そして後輩に恵まれて,今日の私がある。そのなかでもいちばんご縁の深かったのが松尾稔君である。研究室も一緒だったし,山岳部も一緒だったし,悪友という言葉が適当かどうかわからないが,大学時代の試験勉強も一緒にやったし,しょっちゅう飲みにもいった。彼は親分肌で,いわゆるリーダーである。彼と一緒の時は常に彼がリーダーであって,私はサブリ−ダーである。
大学を卒業してから,研究室の柴田徹先生を会長にして楽友地盤研究会という親睦団体をつくってそれなりの勉強もやってきたが、その実質的な会長は松尾稔君であった。その時代の勉強の成果は,「21世紀・建設産業はどう変わるか―建設エンジニアのパラダイム転換」(楽友地盤研究会著、松尾稔監修、2001年2月,鹿島出版)にまとめられているので関心のある方は是非ご覧戴きたい。柴田先生が亡くなってからは,松尾稔君が会長で名前も楽友研究会に変えて今も集まりを続けている。それができているのも松尾稔君のお陰である。松尾稔君は,名古屋大学の総長を長くやったし,土木学会長もやったことのある立派な学者である。
今回の東日本大震災は日本が経験したことのない未曾有の大災害であり,これから日本は価値観の大転換を図り,この国難に立ち向かっていかなければならない。私も残る人生をかけてできることを精一杯やっていく覚悟であるが、価値観の大転換を図るためには,今西錦司に学ぶことが多いし,また今西錦司の教えを受け継いでいる松尾稔君に学ぶべきことも多い。かかる観点から,この第2章第3節では,松尾稔との対談を掲載することとした。この対談では,松尾稔君と私の中であるのでいっさい敬語を使わないことにしたし,二人とも京都育ちであるので京都弁でしゃべることとした。公に出すものとしてはあるいは不適当であるかもしれないが,二人が仲の良い京都人であることに免じてお許しいただきたい。この対談では,松尾稔君から,今西錦司についてその凄さを語ってもらっているし、リーダーシップについて存分語ってもらっている。また、科学と技術についても松尾稔君の考えも交えて,その本質的なことも語ってもらっている。
この松尾稔君との対談はまことに時宜を得た対談ではなかろかと思う。十分注目して読んでいただきたい。

岩井  今日はどうも忙しいところ、ありがとうございます。本来であれば、元名古屋大学の総長ですからね、敬語をつかわなければならないところですが、あなたと私は研究室も一緒だったし、山岳部も一緒だったし、しょっちゅう飲んだ仲なんでね、ざっくばらんに、敬語を使わないかもしれないけど、まぁ、お赦しください(笑)
松尾  こそばゆいわ(笑)
岩井  まずね、松尾の紹介がてら聞くんだけど、東京大学は学長といいますね。しかし、名古屋大学は総長といいますね。そのへんはどうなってるんやろう?
松尾  だいたい15年くらい前まではね、東大と京大だけを総長と言ってたわけなんやけど、それが、省令かなんかですよ、旧帝大だけは総長と呼ぶと言うことが決まったんや。正式名称は学長です。東京大学学長。京都大学学長。名古屋大学学長やけどね。総長といったら、なにか暴力団の大将みたいやろ?そやから、ぼくは学長の方がよろしんやな。
それでね、なんで総長と呼ぶのか?という事を聞いたらこういう事やったわ。例えば、名古屋大学の場合でいうたらね、大学の学長やけど、そのころは医療技術短期大学というのも持っていたわけや。それから、附属の高等学校、中学校の最高責任者、病院も最高責任者。そういうものを全部もっているわけや。だから、大学の学長だけやないということで総長と、そういう説明をしてもろた。
岩井  それで、松尾はね、野依さんの前の総長をしてたやろ?
松尾  野依さんは総長をしなかった。
岩井  学長?
松尾  ノーベル賞の野依良治さんやろ?あの人は総長やらなかった。理学部長やられた。
岩井  あ、理学部長ですか。
松尾  僕、仲良しやけど。仲良しやけどね、結果的にね負けよったんや、俺に(笑)
岩井  あ、選挙したのね?
松尾  あぁ、選挙やからしょうがない(笑)
岩井  それで、今の学長の前なんですか?あなたの場合は。
松尾  前の前。
岩井  2期やってたでしょ?2期っていうのは少ないでしょ?
松尾  う〜ん、そうねぇ、今は、法人になったから1期になりましたね。あのころは、大学によって違うんだけど、1期4年というのが普通で、それで、選挙なんでね、しかも立候補制とちがったから、昔の級長選挙みたいなもんやんか。それで、2期目また当選したら、あと2年ということで、ぼくの場合は結局6年したわけやけどね。東大なんかはね、なんか不文律があってね、だいたい、1期しかやってないですね。
岩井  うん、うん、だいたいそんな感じやね。松尾は2期したから、大したもんやと思ってね(笑)
松尾  まぁ、大したもんかわからんけど(笑)
岩井  今日はざっくばらんにねいろいろお聞きしたい。まず最初にね、2人とも山岳部なんだけど、僕の場合はね、卒業してからすぐに建設省に入ったからね、山の方も自然に途絶えていった。あなたの場合は、ずっとね、大学に残ったからね。山とのご縁も切れずに、山岳部の諸先輩方のご縁も切れずにやってきたし、特に今西さん(今西錦司)だとか、桑原(桑原武夫)さんだとか、西堀(西堀栄三郎)さんだとかね、親しくしていたでしょ。可愛がられたというかね。まぁ、そういうのがあるんですけど、特にその中で、やっぱりボスはね、今西さんなんだよね。
松尾  完全にそう。
岩井  そう、僕も何度か会合出たんよ。山岳部のね。その時にね、諸先輩おられるとね、必ず今西さんが真ん中や。それで、その横に西堀さんがおったり、桑原さんがおったりしたんですね。ところで、今西さんのリーダー論ってあるでしょ。松尾は松尾の自分のリーダー論があるかと思いますけど、まず、今西さんのリーダー論からね、ちょっと話してもらえませんか。
今ね、ちょっとね、日本はリーダー不足なんですよ。会社もそう、政府もそう。良いリーダーに恵まれてないよね。やっぱりリーダーを育成せないかんなと僕なんかは思ってるんだけど、リーダー論についてちょっと語ってくれませんか。
松尾  あのね、ともかくリーダーっていうのはね、組織であれ、社会であれね、これは最重要や。しかし、今回の大災害に関連して言えばリーダー不足は深刻や。今回、名前を上げるのは差し控えるけども、当該の企業にしてもね、政府関係にしてもね、リーダー不在というのは、いかに悲惨かということをね、もう、多くの国民が感じてると思う。
岩井も山岳部やから、よく知ってるようにね、山岳部の部室ではね、いつも皆んなが自由に書けるノートがあった。あの中にね、毎日誰かが、リーダー論を書いていた。というのは、なんでかというと我々の場合はやね、へまなリーダーと一緒に山に登ったら死んでしまうわけやないか。
岩井  そうそう(笑)
松尾  山登りでは岩とか雪山やらやるからね。生命がかかってるわけやから、言われたとおり動かないと死んでしまう。だから、それが身に染みてるわけやね。ま、そういう背景があってね、特に山岳部の系統なんかではね、リーダーの良し悪しというのは常に頭に置いておかんとイカン。で、そういう中で僕個人のことで言うとね、今、君が言うたように、やっぱり山岳部で、君があげたような巨人と言うべきような人たちと親しくしていただいたというのはね、自分の人生観を決定づけた。と、僕は思うんやけどね。
岩井  なるほど
松尾  ま、その中に今、今西さんの話が出たね。で、今西錦司という人はね、これはもう、ほんまもののリーダーや。失礼な言い方だし、違うと言う人いるかもしれんけど、俺の見てる限りでは今西さんが永世リーダーで、西堀さんがね、サブリーダーで、クワハンね。桑原武夫大先生がマネージャーかな。そういう感じや。
岩井が今西さんのこと語れというけど、実を言うとね、今西さんのことを語るという資格もないしね、本当は、そんな能力もないんやけど、それでも、まぁ知ってることを伝えるとね、ともかく、僕は個人的にね、リーダーというのはこうあるべしということをね、何回か聞いたんや。あの人は、ものすごい怖い人やったらしい。ちょうど卒業年次で言うと昭和20年代の連中にしたらね、もの凄い怖かったらしい。しかし、僕なんかにはね、もの凄い優しいねん。何でか言うと、孫くらいやから(笑)まぁ、孫というと語弊があるけどね。非常に可愛がってもらった方でね。ともかくね、今西さんはリーダーというものがいかに重要かということを言われた。
僕、その頃のノートやメモを取ってあるんだけどね、書いてあることのひとつはね、人柄ですよ。人格、人柄。人格というのは、かってに俺が後で考えて付けたんやけどね。実は今西さんはね、人柄と言うてはるわ。人柄。
それからね、2つ目は、順番はちょっと忘れたけどね、先見性。先見性という言葉は使ってなかったかもしれんけど。
岩井/松尾(同時)  洞察力!
松尾  洞察力みたいなもんやね。洞察力。それから、3番目はね、これ、もの凄い大事なんやけどね、常に責任を取る覚悟。これを言うてはるねん。
それでね、僕はそれを人に語らんならん時があってね、どこかで読んだなと思ってね、探したんや。なかなか見つからなかったけど、とうとう探し当てた。自然学の提唱というね、小さいインタビューに答えてはるんや。1986年のこと。今西先生はね、1992年に亡くなってるはずやからね、本当に晩年の貴重な資料やね。その中に、やっぱり語ってはる、その3つを語ってはるんや。
それで、今、岩井ね。人をつくらなならんと言うたやろ。その資質が有る人間をね、育てなあかんと。今西さんはね、どういうて言うてはったかゆうたら、リーダーちゅうのはね、生まれつきのもんやというのが、あの人の言い方やね。つまりね、人柄ってなものはね、生まれついてのものやというわけや。洞察力も。
そやけど、俺がよく今西さんに言われたのは責任や。責任取る覚悟が出来てるというのはね、もう、相当にトレーニングを積まな出来まへんでと、いうことやねん。
岩井  あぁ、そうか。
松尾  そら、それぞれの立場があるやろ。あんまり、そんな詳しいこと言わはれへんだけど、要するに、どういう時には、どういう責任を取ることができるるかっちゅうことをね、常に考えてやらなあかんと、いうのがね、今西さんの言い方やったと思う。
岩井  なるほど。
松尾  俺はそう思う。まぁ、それぐらいで良いと思うんやけどね。もう一つだけ言うとくとね、加藤泰安って、もちろん知ってるやろ。
岩井  知ってるよ。
松尾  大登山家やな。僕らの先輩の。あの人の言い方するとね、リーダーというのは天才型と努力型があるって言うんだよね。努力型っていうのはね、調整やってゆく人だって、立派なリーダーになるわけやから、そらそれで、また良いやんか。そやけど、天才型の典型が今西錦司やというわけや。
岩井  そうかもしれんなぁ。うん。
松尾  ともかく洞察力とかね、決断力とかにもとづいて、行動なんかの批判は、絶対許さんというわけだよ。そやから、こういう大将に付いて行く方としたらやな、もう、迷惑至極というわけや。なんか批判でもしたら、そんなもん、ぶん殴られるくらいに怒るというわけや。(笑)そやけど、言うたとおりになる、ちゅうわけや。結果が。それが、今西さんや。クワハン、桑原武夫先生がね、「今西錦司序論」かな。なんかに書いてはるのがあってね、ともかく、あれは、エゴイストじゃなくてエゴチストやちゅうことを言うてはる。
岩井  そら、どういう意味や?
松尾  エゴイストやったらね、これは利己主義者やろ?誰にも好かれへんわいな。エゴチストちゅうのは、まぁ言うたら自惚れの物凄い強い人間やね。まぁ、一面で悪く言えば、自分の主張が物凄い強いとこがある。で、いい意味でのエゴチストであってね、もの凄い、不条理やと言うわけや。何も説明しよらへんと。そやけど、なんか知らんけどね、これについていかないかんという気分にさせる男なんやと(笑)それが今西や、ちゅうわけや。それで、やっぱり若い時分にはね、怒ってね、人を叩いたりしたこともあったらしいけどね。だけど、梅棹さんなんかが書いてはるもんを見るとね、あれぐらいの年齢になってくると、もう、人にそういう無礼なことをやる人では絶対になかったと。
やっぱ、京都人としてのね、貴重なマナーを守る人やったと、梅棹さんやらは書いてる。ただし、この梅棹さんとクワハンの言うてることが全く同じことはね、やっぱりね、論理的にどうやっていうことはなく、説明せんっちゅうわけや。そやから、何が合理的かということがわからへん。例えば、知床の時やったか・・・白頭山かな、梅棹さんなんかが、こうこう、こういう理由で、こういうルートを通るっていうたら、今西さんは物凄い怒ってね、もう勝手に行けということで自分だけ違うとこへ行っちゃった。ほいで、やっとこさたどり着いたら、もうそこで「お前ら何してんねん」ちゅうて待ってはったというわけや(笑)
岩井  ハハハ
松尾  そう言うのが、やっぱり天才型やね。しかしそれは、先見性、洞察力とかね、それから物凄い知識とかね、そういうものが背景にあるわけでね。
岩井  そりゃ恐らく先天的な物があると思うんだけども、やっぱり僕は全てがそうじゃなくって、先天的なものもあるけど、後天的なものもある。そう思う。特に小さい時のね幼児教育やね、僕は非常に大事じゃないかなと。責任感にしても、洞察力にしてもね、人柄にしてもね、僕はやっぱり後天的なものも、無いわけではないと思う。
松尾  そりゃあ、その通りや。ところで今西さんは京都でも指折りの織物の息子やろ。
岩井  そうそう。
松尾  だからね、京都ちゅうのは、まぁ梅棹さんもそうだけど、町家のね、こうずーっと伝統的に身についていくルールみたいなものがね、
岩井  染み付いとるんやな。そういうとこあると思うね。
松尾  だから、守らなならんルールというのをきちっと守って、言葉遣いやらでもね、乱暴に言うちゃいかん時には絶対乱暴には言わはらへん。仲間内は別やけどね。
それから、今西さんほどの読書家はいないちゅうことも梅棹さんは書いてはる。今西さんの読書は物凄かったらいしいわ。
岩井  あの人ね、直感力がすごいでしょ。これも洞察力か。
松尾  それはさっき言うた(笑)一つ例をあげるとね、大学紛争があったやんか。その頃、おれは京大の助教授やったけどな。まぁ、大変やった。何回かあったけどね。昭和43年ぐらいだったかなあ東大が入学式かなんか中止したわな。あの頃の紛争でね、どこの大学でも学長団交ちゅうのがあった。学長団交で、学長閉じ込めるみたいな格好で、離さへんわけやんか。2日も3も。。
岩井  あれは、岐阜大学の学長しておられた時かな?
松尾  その時に、錦(きん)さんはね、岐阜大学の学長やんか。これはは岐阜大のひとから聞いたことやが、岐阜大の紛争は1日で終わったちゅうんや。京大なんか何日続いたかわからへんで。それでね、岐阜大の場合はなんで1日で終わったかちゅうことやんか。それは、学生の側が出す要求みたいなものをね、要望いっぱい有るわけやな。それを今西さんは次から次へとね、「ああ、いいよ」と言うてね、飲んでしまうというわけや(笑)そしたら、事務局長とかなんやらがね、もう、びっくりしてやね、そんなことしたら困りますがな。ってなわけや。しかし全部飲んでしまって、それで、岐阜大はポンと終わりや。
岩井  やっぱり、洞察力というか直感力というか、何がどうなるという行く末をね、ちゃんと見てはるわけやな。
松尾  そうや、お前の言うとおりや。それをね、俺は錦(きん)さんから直接きいたわけや。この問題は、どこまで行くかという、見切りがきちっと、つけられるのがね、
リーダーちゅうもんや・・・と錦(きん)さんは言わはる。それが、洞察力やねん。
岩井  なるほど。なるほど。
松尾  そやから、この問題は、今度の場合でもどんな災害になるかちゅうことをね、ばっと見切りがついたらね、もう、全然対応が違うはずや。大学紛争の話はね、学生がワーワー言うてるんやけど、これはここまで行くというのが、パーンと判るわけなんや。それやったら、それまでの間、ぐちゃぐちゃやってたら時間かかるだけやんか。と、言うのはね、俺が今西さんから直に聞いた話や(笑)
岩井  まぁ、兎に角、リーダーを育成しようと思って出来るもんじゃ無いかもしれんけど、やっぱりリーダーに育って欲しいというかね、そういう風土を作っていかないかんのでね。これから、僕は大きな課題ではないかと。
松尾  俺はそれに賛成する。岩井ね、ここは誤解があっちゃいかんのはねそこや。なんで泰安の話をしたか。・・泰安って、こんな偉そうな言い方をしていると怒られるな先輩に・・。加藤泰安の考えやが、ちゃんと書いたり言うたりしてはるのをわしは直に聞いてるんやけど、天才型とやっぱり努力型があると。努力型の人もリーダーとして必要なんや。で、努力型の人に、そんな物凄い高レベルのね資質を求めんかて、それなりのところで、リーダーを果たせりゃいい。だけども、超トップになるような人は、資質を持ってなあかん。だから、岩井のそういう志は良いことやから、やっぱり、そこを区別してやね、努力型も大事や、せやけど・・・。
岩井  天才もおるよと。
松尾  そういう人がおるんやんか、天才型の人が。
岩井  やっぱり、そりゃ見つけなあかんな。
松尾  そう、見つけなあかん。それで、見つけてやぞ、そこで教えなあかんのは、責任を取る覚悟を教えなあかんねん。これはもう、錦(きん)さんに何回言われたかわからん。
岩井  これは別に今西さんのリーダー論、松尾のリーダー論に反対するわけではない。もちろんそうなんだけどね。もう一つ、僕はね、あなたを見とってよ。松尾のやってることを、ずーっと見とってね、思うのはね、人の面倒。あなたはね、よう、人の面倒みるわ。こないだもね、東工大の元学長の木村 孟さん、土木学会の会長。あなたも土木学会の会長やったけどね。その木村 孟さんと、あるところで話をしよったんや。でね、やっぱり松尾に対する尊敬の念ちゅうかね。。あの人はね、あんた松尾稔やから、みーさん、みーさんって言いよるよ。みーさんは凄いって言うんだよ。なぜ、木村孟さんが、そういうことを言うのかなぁとつらつら考えたらね、あなたが色々面倒を・・まぁ、面倒見るって言ったらおかしいけどね、あの、やってるんだよ。それは、松尾の凄いとこやなっと僕は思ってるんですよ。
松尾  いや。ありがとう。
岩井  松尾にさっきの3つは勿論あるとしてやね、且つ、松尾ほど面倒見のええ男はいないんじゃないかと僕は思ったりしてますのでね、それだけちょっと、付け加えときます。
松尾  おおきに(大笑)それはね、時々言うてくれはる人があるわ。。
岩井  そやろ!
松尾  もう、忘れてしまってる人もあるんだけどね、やっぱり、それぞれの場でね、活躍もして欲しいしな。だから、出来るだけね、もう、やりとうても、出来んようになるやんか。そういう、出来る立場が有る場合もあるしね。まぁ、そういう時はまた、特にね、一生懸命やってきたつもりやけど。岩井の考え。泰安がが言うてはる、努力型というか調整型というかね、そういう人も僕はね、それぞれのポジションで、リーダーとしては、非常に大事やと思うやんか。そやから、その人達は、その人達で大事なんだけど、まぁ、国全体とかさ、あるいはもうちょっと小さくてもね、会社全体とかね、そういうようになると、非常に、組織が順調に行ってる時はね、いいんだけど、危機管理を迫られるというような時には、突出した天才型が必要やな。

岩井 それじゃ、次にね、「科学と」と「技術」の問題。これは学問的な問題だから、あなたの得意とするところかもしらんけれども。「科学」と「技術」。これ、ごっちゃにしてる人も多いんですよ。で、僕は本質的に「科学」と「技術」というものは違うように思うんで、その辺、松尾の考えをちょっと語って欲しいんやけど。そもそも、どこがどう違うんだというね、ちょっとその辺の話を聞かせてくれませんか。
松尾  あのね、これは本当に30,40年前からね、物凄く考えに考えてきたことやけど、やっぱり俺が影響をうけてるのはね、一番たくさん影響うけたのは西堀栄三郎先生やし、今西先生や。西堀さんも、今西さんもね、物凄い悩んではったわ。俺も悩みに悩んだ(笑)そやけどね、明確に言えるのはね、こういうこっちゃ。まず、技術から説明したほうがいいと思う。技術というのはね、例をあげると分かりやすいと思うんやけど、
人間が古代でもね、科学なんて全然関係ない、そういう時代にですね、必要だから生まれてくるんだよな。生活に必要だから。つまり、魚をとって食べないと生きていけない。だから、魚をとる技術が生まれる。それから、川の向こうでしか農耕ができないのでね、あるいは、木の実ができないので、川をわたらなきゃいかんと。だから川を渡るために、船を作る技術が生まれるとかやね、橋を造る技術が生まれるというように、必要だから生まれてくるのが技術。
だから、技術はまぁいうたら、今でもそうやけど、本質は道具やな。道具。だから、道具やから必ず目的を持ってる。そこら辺は、西堀さんも、今西先生も言うてはったと思う。そういう、道具という言葉を使わはったかどうかわからん。そういうような、今言うたような物が技術だから、技術は目的を持っておる。で、目的には、良い目的と、悪い目的があるやんか。と、西堀さんも今西さんも言わはるわけや。その時代、その民族によってね。そして、場合によったら人を殺すのがいい目的の場合もあるかもしれんで。そやけど、やっぱり、その社会、社会でいい目的と悪い目的がある。その目的が、良い、悪い目的があるということは、技術には功罪があるということや。な?
そやから、技術に携わる人間というのは、必ずその功罪を考えながら、やらないかん。今の工学系の人間なんてものは皆んな、そこがね、欠けてるんじゃないかと、俺は思てるわけや。必ずその、自分が技術に関与してるとすればやな、それは功罪があって、それをきちんと考えないといけない。それは、環境の問題であれ、なんであれ。

ところで、科学というのはね、そうじゃなくて、科学はもう、生まれるのがうんと近代になってからですよね。で、科学というのは、まぁ造語ですわな。scienceを日本語で書いたわけで、非常に細かく別れた学問てな意味で分科学ちゅな意味から出てきとるんやけどね。いずれにしても、いまのscience=科学と言われているものはね、これはやっぱり、あれですね、真理の探求と言ったほうがええかもしれんな。真理の探求。で、その動機は何かと言うたら、やっぱり真理ちゅうのは人間にはわからんけどやぞ、そやけど、真理に近いものはいったいなんだろうか?とか、自然はいったいなんだろうかと。で、それを知りたいという心と、そのプロセス。それが、やっぱり科学というものやな。
だから、元々科学と技術なんて関係がなかったわけや。それで、さっき岩井がちょっと言うたかもしれんけど、科学というのは、特に科学者はね、そういう動機でやるわけだから、真理を知りたいという、自分の興味というかね、そういうものが当然先行していくわけやね。
だから、その、科学にはね、科学の成果というものはね、出てきたものは、人類万民のやな、共有の財産みたいなものやから、科学に目的はないんだから、そやから功罪もないわけで。従って、科学者にはね責任がないと。長いこと言われてきた。ところが、その辺が西堀先生も、物凄い悩みはやったと思うんやけど、結局、西堀先生、自分ではね、たぶん解決出来なかったと思うねやんか。だけど、技術者には明らかに責任があるという、社会的な責任があるということは、目的を持ってるわけやからな。それは分かりやすいんだけどね。
ところがね、僕らが若い頃見ててたのは、「科学,(コンマ)技術」と書いてあった。そのうちにね、「科学・(なかぽち)技術」と書くようになって、いつのまにか(なかぽち)が取れちゃって、「科学技術」となったやろ。そやから、余計若い人が分かりにくくなったんやろうと思うねん。ていうのはね、まぁ、この辺は全部、俺の考えやから、もちろん科学史の人から反論あるのはわかってるんやけど、「科学と技術」というのはね、表裏一体の時代を迎えるようになってきたわけやね。
最近の例で典型的に分かりやすいのは、そらまぁ、バイオでも材料でもそうやけど、人工衛星なんて一番わかりやすい。あれなんか、まぁ言うたら技術のね、お化けみたいなもんや。技術のもう、塊(かたまり)や。それを、宇宙へ飛ばすわけでしょう。そうすると地上ではね、観測なり、なんなり見えなかったりしたような物が、宇宙でばーっとみえたりするわけやね。そうすると、新しい宇宙物理学というね、科学が、そこからまた生まれてくるわけやんか。そうしたら、その科学がね、今度また年月を置かずにね、技術に活用されると。いうぐらいに早い回転でね、科学と技術が表裏一体化してきてる。だから僕は、科学技術とこういうふうにね、続けて表現する、英語でも似たようなもんやけど、そんな感じになってきてると思う。そうするとね、科学者はね、紛争の頃なんかひどかったよ。理学部の・・・あんまり理学部の悪口なんて言うたらイカンか。その、科学をしている連中がやな(笑)自分らは科学してるんやから、そんなもん責任はないといいいよるわけや。俺はそれがどうしても気に入らんのや。
で、技術ははっきりしてるからね、責任を取らないといけない。で、俺がアメリカにいた時なんかでもね、話あちこち行って悪いけど。例えば、マンハッタン計画に参画したscientistとこう言いよるわけや。それに対して、俺はマンハッタン計画に参画した人はscientistではないとこう言うわけや。Technicianとかengineerと言えと。つまり、原子爆弾は人を殺すという目的を持って作っていくわけだから、これはscienceやってるわけではなくて、技術をやってる。もう当然、その功罪を考えてやるべきじゃなかと。オッペンハイマーなんかも、晩年物凄く苦しんだのはそこやと思いますけどね。

ちょっと話、横へ行ったけど、まぁ、科学というのは、責任はないと言われても、表裏一体化してくるとね、割り切れんやんか。それでね、やっぱり科学者もね、責任がね、やっぱり免れないんじゃないかと、俺なんか考えるようになるわけやね。そうすっと、科学者の責任とは一体何やろかと。科学は興味だけで先行する。
これは物凄い大事や。これは人類の共有財産やから。これがなかったら、技術なんて生まれへん時代になってるからね。だけど科学の成果がね、そこで出たとするやろ?その時に、それを発見した科学者がね、これが一体どういうものに使われるだろう。とか、こういうものに使われるべきだ。とか、そういう事を考えることはね、出来ないですよ。大体こないだのノーベル賞だってね、鈴木さんにしたって、根岸さんにしたってね、新聞はあたかも、今の工学的な利用が頭の中にあって、彼らはやってきたように書いてあるけどやね、二人の書いてあるもん読んでごらん、そんなもん全然違う。有機化合物をどうしてひっつけるかというところだけに興味が行ってるわけやね。それが結果的に工学的な、お薬にしても何にしても、非常に役立つものに使われていくわけだから。だから、科学者は興味だけでやったら良いねん。
良いんだけども、そこでやっぱりね、税金使ってやってることは事実やんか。そやろ?そやから、きっと自分のやった、この成果はね、成果が生まれたときには、この成果は、きっと人類のために役に立つんだという確信を持たないといかん。と、俺は思うねん。それが、行く末、技術にどのように使われていくかということにはね、やっぱり、興味を、ずっと関心を抱くべきやと思うんですよ。それが責任やと思う。それが変な方へ、人を殺す方向にばっかり行くんだったらですよ、それはやっぱり、それの一番もとを発見した人間としてですね、それに、さっき話してた道義的な責任とか、プロフェッションとしての責任でもってセーブをかける方向に働いていくとかね、そういう事が必要だと俺は思う。
ただね、一つ大事なことはね。技術っていうのは、もういっぺん戻って言いますと、技術っていうのはね、ある目的をもってるでしょ?ですから、非常に使命感とかね、それから想像力とかね、感性とか、そういったものがあって、物凄い努力してひとつの技術が出来上がっていくわけだから、科学技術の責任と言うたらもう、圧倒的に技術の方の責任が重いということは事実やな。もっと違う言い方すると、科学やったらね、物理学のこういう科学の成果があります。それから、化学のこういう成果があります。それで、生理学のこういう成果があります。そいういう成果をガーっと集めたから言うて、なんか技術が出来るか言うたら、そんなもん出来へん。そこが技術と科学の決定的な違いやね。
岩井  ぼくなんかね、まぁ土木やけど、技術者。科学者じゃない、技術者。だからね、考えるわけよ。そもそも技術とはなんぞやと。科学と技術は密接不可分。技術の発達があって、科学も発達する。もちろん科学の発達があって、技術も発達するということだから、そら、密接不可分なんですよ。ですけど、松尾が今言ったように、技術ってのは目的があるわけですよ。功罪があるわけですよ。そこを、よっぽどね、技術としては考えないとね。今ややこしい技術が出てきよるんですよ。まぁ原子力利用、原子爆弾はもちろんだけれども。原子力発電なんかもね、僕に言わせればね、ちょっとね、問題がある。僕の技術論があるんですよ。僕の技術論から言うと、原始力発電はおかしいと僕は思ってるんですけどね。
ハイデガーという哲学者おりますね、ハイデガー。そのハイデガーの技術論があるんですよ。これはどうもね、光り輝く技術論なんですよ。何やってもええということなんですよ。技術の発展、発達というのはすばらしいと。全面的に肯定しとる技術論なんですよ。僕はね、そうじゃなくってね、やっぱり、やってはならない技術開発もあるように思うんですよ。で、僕なりの技術論をね、ちょっと書いてるんですけどね。確かに、科学者の責任が無いとは言わないけど、僕としては、声を大にして言いたいのは、技術者のね、考え方ですな。
松尾  そらもう、間違いない。
岩井  これがね、僕は大きいなと。
松尾  そらもう、間違いない。何の異論もない。僕がね、さっきから言ってるのはね、もともと科学がなかった時代から技術はあるわけやから、それが今は、科学技術という時代になったからね。そしたら、その科学者というのにはね、何にも責任ありませんよと言うように、放免しといて良いかと言うたらね、そうはイカン時代になってきとるぞと。何でか言うたら、税金物凄いつぎ込んでやるわけでしょ。科学は、万民の共有財産やからね。やっぱり、それなりに科学者も、自分のやったことは物凄く人類に貢献するんだという気持ちを持ってもらわなアカンし、それが変な方向へ行きそうやったらね、どう行くねやろうか?という関心は持ってもらわないと。自分はもう、ここまでが仕事やから、あとは知らんよと。爆弾にするんやったら爆弾にせいと。毒薬にするんやったら毒薬にせいと、いうだけではね、そういう時代ではなくなってきたというのが俺の生き方や。
そらもう圧倒的に技術の責任や。それから、君の言うた中でね、原発もね、そら僕は僕なりの考えがあるけどね、やはり人間がなかなかコントロールできないような事象ね。そういうものを技術に使っていくという時にはね、
岩井  やっぱりね、問題あるんやないかと僕なんか思っとるんやけどな。
松尾  そらね、俺もそう思うてる。さっきね、ちょっと雑談で言うてたんだけど、責任には3つあるというのが俺の考え方で、別に誰からも公認されたわけやないんやけど、一つは法律的責任。こないだも話したかもしれん。その次は、プロフェッションとしての責任。その次、3番目は道義的責任。そうするとね、今の話でやなあ、こんどはいろんな遺伝子レベルの問題、やっぱり起こってくるよ。臓器の移植だって起こった。同じようにね。本当に人間がコントロールして良いんだろうかとか、出来るんだろうかとかね。そういうレベルの問題は、技術をね、ガーっと名誉欲だけでね、推し進めていくっちゅうのには、賛成しない。やっぱり大きな問題やと思う。
岩井  金儲けのためにやる技術開発もあるからね。そういうことやってる人たちおるからね。技術についても、技術の倫理というか、道徳的な側面というのは、やっぱり、あるよね。そこをよっぽどしっかりやっていかないとね。あかんなと思って。
松尾  いやぁ、今君が言うた倫理ですよ。やっぱり技術者の倫理って言うのは、もう最大の重要問題やね。
岩井  前にね、四元義隆さんとよく飲んだやん。京都でな。あの人はね、あなたが今西錦司のま、門下生みたいに思っておられた。四元義隆さんは今西さんと無二の親友。二人とも巨人ですよ。四元さんも凄い人なんですけどね。四元さんが京都へ出てくると、上七軒で、よく飲んだよな!色んな話させてもらった。恐らく四元さんの考えと今西さんの考えは、僕は一緒じゃないかと思ってるんですけど。人類がね、原子力爆弾みたいなね、妙なもん作ってっちゅうてね、言っておられましたよ。だから、そういうのはやっぱり、僕の技術論からしてね、ペケなんですよ!ダメなんですよ!
まぁ、悪魔の技術だと僕は言ってるんだけどね。
あの、これからの技術者のあり方はもの凄く大事。どんどん技術は進みますよこれからも。物凄く進むと思う。科学が進むと同時に技術も進んでいくと思うんだけど、よほど注意していかないとね。。
松尾  イカンですなぁ。
岩井  イカンなぁという風なことを痛切に感じてるところなんですよ。
松尾  遺伝子の関係なんかでもね、ほっといたらどこまで行くか分からへん。それでね、人の名前はあげんほうがいいと思うんであげないけどね。かつて学術会の会長やった僕の親友がいるわけやけどね。やっぱりね、原則的にね、賛成できない。遺伝子で植物をどんどん改良していくとかね。これ、100年先、200年先どうなってるかというと推測がつかないわけやから。やっぱり、金儲けでやっていくのもイカンし、よう考えなイカン。
それからね、一つ言うてええかな。あのね、この今西先生はね、やっぱり自然ということをね、非常に重んじられた。だから、自然こそ、人間がね、その中に包まれて、恵みをいただいて生きられると、そういう考えが非常に強かった。ところでね、西堀さんはね、技術者やね。デミング賞、日本で初めてとった技術者やろ。そやからさ、僕によう言うてはった。♪雪よ、岩よ・・いう歌があるやろ。
岩井  雪山讃歌。
松尾  そうそう雪山讃歌。♪我らは街には住めないからに・・あれは、物凄う後悔してはってなぁ。三高の時代に創らはったんや。
岩井  西堀さんの作詞やな、あれは。
松尾  そうや。あれがもう、恥ずかしいっちゅうわけや。この科学技術がね、なかったら生きられない世界になってるのに、街では生きられんからなんて、あれ、なんとかやめてくれんかと(笑)それで、西堀先生が悩んではったのはね、今西さんと親友やろ。いっつも自然ということがね、もう大前提になるのに、自分は人工物とな、やってはるわけやんか。ずっと原子力でも日本の指導者やったし、いろんな品質管理も日本のトップやったしね。西堀さんはそういう方面でしょ。そうすると、そこの折り合いをね、どう付けるかということをね、俺と対談もあるんやけどね、もう、物凄い悩んでおられた。で悩んだ末、やっぱり、これは並列していかなアカンと。
岩井  なるほどね。ま、これは、これからやっぱり然るべき人が真剣に考えてね、やっぱり悩みながらね、日本はですよ、日本は、僕は一つの姿をね創っていかなアカンなとそんな風に思いますね。
それから、ちょっと時間がなくなってきたので、最後にね、今度の福島電発の事故に関連してね、想定外の外力という話があるでしょ。それについて、ちょっと感想を。想定外といっとるわけでしょ!そんなことがあって良いのかと。考えてなかったよと。僕なんかは物凄い違和感感じるんですよ。
松尾  あとでね、書いたもの差し上げるけどね、俺はこの地震がね、起こった直後からね、想定外というものはね、あり得ないというのが俺の言い方。
岩井  一緒や。
松尾  それで、それをね、ある電力の役員の人たちを全部前にしてもそれを言うた。そしたら皆んな非常に、どういうのかな、あんまり良い気持ちでないような目やったけど、だんだんね、わかるようになってくるわけだけどね。全てが想定の内や。何でか言うとね、設計というものと、それから科学というものとね、混同したらアカン。設計というものは、ちょっと言うてええか?もう時間ない?
岩井  いいですよ。
松尾  設計というのは、僕の設計論では、これは40年来変わってへんのやけど、3つの段階があるんや。一つはね、事前の設計やね。事が起こる前の設計やね。で、それをね普通設計と皆言ってるわけやな。二番目は先に言うてしまうと、事象が起こっている最中の対応。例えば地震が起こっている最中の対応。で、三番目が事後の、起こってからの対応の設計やね。
事前の設計の時にですよ、全て想定内だと言うことはね、例えば、その時に設定する外力なら外力にしよか?そしたら、その外力を設定するときにね、それより大きな外力がね、例えば地震力を8で設定したけども、9もあり得ると。地球的にはね。9.4もあり得ると。津波だって15mとやったけども、20mもあり得るし、30mもあり得ると、いうことは全部想定の中に入ってるわけや。ただし、設計というのは、そしたら一番大きい値で構造物を造るとすればやで、その代わり例えば、岩井なんかがやってきた河川のインフラやったらね、それ造るために税金、皆さん100倍にしますけど良いですか?と。100倍の税金頂きますと。それがダメやったら、この計画自身を廃止しますと。やりませんと言うようになってしまうわけやね。だから、その時々の国力とか、民度とかね、それから文化とかによって、一番適切と思うことを、そら、さっきのリーダーが責任をもって決めて造るのがね事前の設計やんか。それは俺が経営者に話するときはね、他の企業の政策決める時でも一緒ですよと。例えば油を掘るプロジェクトに参加すると。その時に1$=100円とまず設定して考えていこうと。だけど、1$=100円じゃなくて80円になるかもしれん。120円になるかもしれんというのは想定の内や。だけど、100円で決める。それが、ひとつの事前の設計や。

それから、事象が起こってる最中。二番目っちゅうのは。今度の原発の問題なんかやったら、典型的なのは、制御棒が作動してね、核反応が止まるなんちゅうのは起こってる最中の問題ですわな。典型ですね。他にも、なんぼでも例はあるけど。それから三番目はですね、事後の設計や。そらまぁ、保険とかね。今言うた経営の問題なんかやったら、ヘッジをかけとくとかね、保険に入っとくとか言うような事がそうやし。それから、今度の問題なんかやったら、往々にしてそれはね、避難が最たるもんであるし非常用というのは、その三番目に入ってくる問題なんやな。
それで、ある時にそういう話をしてたらさ、ちょっと皆んな分かりにくそうやったんでね、こういう例どうですかと。俺は手術したばっかりやから。今、病院でね、重要な手術してると、で、今回復したところに何らかの原因でね、電気がパッと消えたと。そしたら執刀医はね「あぁ、残念でした。これでサヨナラです」と言うのかと(笑)そしたら、その時に非常用の自家発電機がバッと点いてやね、最小限の手術が終わると。それが非常用であって、今回はその非常用の発電機が作動しなかったのが想定外であったという種類の発言を何度も聞いたけどね。非常時にですね、作動しないものは非常用とは言わんというのが俺の言い方や。
それで大事なことは、今言うた一番目と二番目と三番目が一つの系としてですよ、二番目も三番目も一番目も安全性なら安全性に対する信頼度が、最低限同じでないとイカンというのが俺の主張や。それで物によっては二番目、三番目になるほど、その信頼度が安全性を高めておかないと系としての信頼度が成り立たない。そういう思想的背景無しに、個別に計画やら設計やら作ったりして、三番目が働きませんでしたなんて、こんなもん技術と言わない。というのが私の言い方です。
岩井  これからあるべき技術。どうあるべきかというね、色々課題がありますな。大きな問題がね。今日はね、どうもありがとうございました。
松尾  ちょっとしゃべりすぎたかな(笑)
岩井  いやいや、とんでもない。すまん、すまんな。ありがとう。
松尾  ありがとう。

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