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2011年5月26日 (木)

第8章第5節 平和国家のジオパーク

8、5 平和国家のジオパーク

「平泉」は世界遺産への登録が見送りとなっていたが、文化庁がその推薦内容を練り直し、今年(2011年)の5月になってユネスコの諮問機関・イモコスが登録を認定した。寺や庭園によって「浄土思想」を具現化したという平泉の特異性に絞ったことが功を奏したようだ。東日本大震災で甚大な被害を受けた東北である。関係者は「復興への光となってほしい」と願っているらしい。当然だろう。さらに、私は,「浄土思想」がイモコスと理解を得たということの意義も大きいと思っている。「浄土思想」は、慈覚大師,元三大師,源信へと受け継がれ,やがて法然や親鸞を生んだ。元三大師や源信時代の「浄土思想」は源氏物語のバックボーンであり、今後外国観光客が「平泉」を訪れて「浄土思想」に触れ、日本の仏教に対する理解が進むことの意義は大きいと思う次第である。
日本には神社仏閣を中心に大変多くの世界遺産がある。世界遺産という言葉を知らない人がないほど有名である。しかし,ジオパークは,かなり知られるようになってきたとはいえ,それがどういうものかはもちろん、そういう言葉さえ聞いたことがないという人がほとんどだろう。
ジオパークも世界遺産と同様のユネスコのプロジェクトである。世界遺産は世界に誇り得る文化遺産と自然遺産を,保全を目的に認定されるものである。一方,ジオパークは,観光が目的であって,積極的な観光開発が期待されている。「ジオ」という言葉は,地球とか大地を意味する言葉であるので,地球公園といっても良さそうだが,今のところそう呼ぶ人はいない。日本ジオパーク委員会は「大地の公園」と呼んでいる。世界には現在64のジオパークがある。そのうち日本は,糸魚川,洞爺湖有珠山、雲仙を中心とした島原半島および山陰海岸の四カ所であるが,今後の認定を目指している地域は,現在,10カ所ほどあるようだ。
ジオパーク運動は,もともと糸魚川市が元祖である。にもかかわらず世界の趨勢の中で日本にユネスコ認定のものがひとつもないことから,地質学会のカリスマ的存在であった大矢曉(おおや・さとる)さんが警鐘を鳴らし,今日に至っている。したがって、日本のジオパーク運動が地質学者を中心に進められているのは仕方のないところではあるが, 極端な言い方をすれば地質に特化している嫌いがあり、 私は、観光振興という点では問題があると考えている。ジオパークはもっと広い概念のものでないといけない。現在、ユネスコの認定は,地質学,生態系,歴史と伝統・文化などの見地から行われいるが,,地理学的な見地が抜けている。この点についても,私は,大いなる不満を持っている。
オギュスタン・ベルクはフランスの地理学者であるが,彼は永く日本に住みながら和辻哲郎の「風土」というものを研究した。それは哲学的研究そのものである。彼によれば,「風土」というものの理解の上に立って地域を見ることは極めて重要だということだ。地理学というものは、そういう哲学をも含んでいる。地理学は,いろんな学問を総動員して,地域の光り輝くものを発見する総合的な学問である。かかる観点から,私は,観光とはその地域の光り輝くものを見るものである以上,ユネスコに地理学的な視点がないのは大きな問題であると考えている。また,アメリカには世界遺産が多数あるのにユネスコ認定のジオパークがひとつもないのも問題である。アメリカは独自の考えでジオパーク運動を進めているのだ。しかし,日本は,ユネスコにもアメリカにも遠慮することはない。日本はユネスコの傘を借りながらも日本独自の考えで進めば良い。日本におけるジオパーク運動はこれからの新しい世界文明に寄与する、こういう視点が大事である。哲学的視点を大事にしたいものだ。
私は世界の人々に日本のジオパークにやってきて欲しい。その際,私たちはその地域の「歴史と伝統・文化」をどのように説明すれば良いのか,その背景となる基本的な思想に関係する私の思いというものを縷々ブログに書いてきた。「和のスピリット」、「プラトンのコーラ」、「田舎の意識改革」、「空とジオパーク」、「石神信仰」、「新しい文明の原理<共生>」、「清水博の<場の思想>」、「地球学」、「場所の論理」などである。「祈り」との関係でいえば,地質学的なサイトは、大地の変動を不思議を語るこの上もない「場所」である。鳥居を設ければ設ければそのまま「祈り」の空間になるのではないか。「スプリット」の現れるところも「祈り」の空間。道祖神やお地蔵さんなど「石神」さんも「祈り」の空間である。
しかし,その後「リズム」の勉強を進めてきて今考えると,大事なことが抜けていたようだ。神社仏閣のことと縄文遺跡のことだ。以下,それらについて少し話をしておきたい。

お寺にはいろんな本尊が祀られている。信者はそれを拝むのだが,その本尊というのは釈迦が教えるところの・・・「宇宙の真理」の象徴であり、「内なる神」なり「外なる神」が姿を変えて現われたものである。私は,第1章第13節で「内なる神」と「外なる神」の話をしたが,「宇宙の真理」とは「祈り」によって「内なる神」と「外なる神」が響き合って願いが叶えられるという真理である。日本の場合,その永い「歴史と伝統・文化」のなかで、お寺によっていろいろな本尊がいるし,本堂にもいろいろなインテリアがある。しかし,そんなものはどうでも良い。大事なのは宗教原理だ。日本の場合,その宗教原理とは,「祈り」によって「内なる神」と「外なる神」が響き合って願いが叶えられるということと、日本独特の「祈り」の作法である。
神社には本尊というものがなく、ただ祈る対象物として「鏡」があるだけだが、「外なる神」がそれに祈る人の願いを聞いていて,願いを叶えて下さるのだ。宗教原理はお寺の場合とまったく同じである。
「祈り」の作法は,お寺と神社で異なる点もあるが,鐘紐を揺すって鐘を叩いたり,鈴紐を振って音を鳴らす点は共通していて、ともに「外なる神」に呼びかけているのである。音,それは「リズム」であり,「波動の力」である。
ロウソクに「火」を灯すのも共通している。人類は太古から、火に「特別な力」を認め、人々は火を崇めてきた。世界中のどんな地域でも宗教的儀式には「火」は用いられている。祈りにつきものの「火の力」、それは音と同じように「波動の力」だ。
作法についてはそのほかいくつか大事なことがあるが, 外国観光客にはなかなか理解しにくいところであろうかと思うので,それぞれの神社やお寺ではそれぞれ工夫を凝らして判りやすい説明をして欲しい。日本人なら,若い人もひととおりの作法はきっちり覚えておいて欲しい。
なお,念のために申し上げておくと,神官の常駐している神社ではできるだけ正式参拝をして欲しいし、お坊さんの常駐しているお寺ではできるだけお坊さんの祈願を受けて欲しい。その宗教体験で何か新たな発見があるだろう。

次に,旧石器時代の黒曜石の湧別技法(細石刃技術)や縄文時代のいわゆる縄文土器を作る技術は,世界の冠たる技術であったので,その文化をしることは日本を知るという意味で大変重要なことである。しかし,ここでは「祈り」の観点から重要なことを言いたいのだが,神道の場合,縄文時代に「外なる神」に対する「祈り」はすでに行われていて,それが底流となってその「作法」ができ上がった。もちろん、神道も中国からの影響によってその作法は変形はするのだが,本質的なものは縄文時代からのものである。縄文時代,家の中には「炉」(火)と石棒(柱)という装置があったし、家の外には巨木による柱が設けられた。第1章第10節で述べたように,柱は「外なる神」が降臨し帰ってゆく道(みち)である。
さて、私がここで特に強調したい大事なことは波動の共振というものが、「時空を超えて起こりうる」ということだ。私は,第1章第9節で,次のように述べた。すなわち、
『 『 シェルドレイクの「形態形成場」の説明の中で,岩井國臣分身の喩えを用いたが,実際に相異なる猿が100匹いたとする。100匹目の猿の宇宙での分身が発する波動、これは実際の100匹目の猿の脳の波動と宇宙的な分身の波動とが共振したその分身の分であるが,その波動は、形態形成場という「場」の見えざる力によって,99匹の猿に強い影響を与えるのである。この作用は,前節でも述べたように,時間と空間を超えて作用するので、あのような「100匹目の猿現象」が生じるのである。』・・・と。
シェルドレイクの「形態形成場」における波動の共振」の特性 、それを「宇宙における波動の時空を超えた共振性」と呼ぼう。宇宙の波動の共振は,時空を超えて共振するのである。縄文人が祈った「祈り」による波動の共振は,現在の人が縄文人となりきって祈れば,その「祈り」は縄文人の「祈り」と共振するのである。
したがって、縄文時代の「祈り」の遺跡は,現場を壊さないで差し支えない範囲で,「祈り」の施設を復元しておけば,私たちは縄文人とも響き合えるのである。それはまた現在における「外なる神」との響き合いでもある。

私は,日本型のジオパークにあっては,縄文遺跡も大いに活用すべきだと考える次第である。
日本型のジオパークは,ユネスコ認定のものだけでなく,ナショナルレベルのものがあっても良いし,都道府県レベルのものがあっても良いし,また市町村レベルのものがあって良い。すでに述べたように,七夕祭りの再魔術化で作る「祈り」の空間があるし、「地質学的なサイトは、大地の変動を不思議を語るこの上もない「場所」であって鳥居を設ければ設ければそのまま「祈り」の空間になるし、「スプリット」の現れるところも「祈り」の空間。道祖神やお地蔵さんなど「石神」さんも「祈り」の空間である。
これらの他に,縄文遺跡における「祈り」の空間を加えれば,日本は「祈り」の空間がそこら中にあるということだ。まさに,「祈りの国にっぽん」である。天皇は「祈る人」である。したがって、天皇はそういう私たち「祈りの国民」の象徴である。そういう国が平和な国でない訳がない。

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