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2008年11月30日 (日)

回帰的威信財

私は前に,「地域通貨の哲学」と題して小文を書いたことがある。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yokubous.html

その中で、地域通貨の哲学的意味について、森岡正博の生命哲学と今村仁司の貨幣哲学を結びつけて次のような説明をした。

 私は,森岡正博のいう「補食の欲望」というものに着目することとしたい。といっても,問題の焦点は「補食の欲望」を「生命の欲望」に転轍するということであって、その可能性を考えてみたいという程度のことだ。
 まず,拠り所になるのは,モースの贈与論(1962年6月初版,2008年6月新装版、勁草書房)である。 モースの贈与論 (新装版のp43〜44)を読めば良く理解できるかと思うが,贈与には心がこもっているということだ。心・・・・,それは、贈り手の霊的実在の一部であるが、それが贈与物の霊的実在と一緒になって受け手に手渡されるということらしい。贈与物の霊的実在は,モースの贈与論ではマオリ族の「ハウ」として説明されているが,わが国の伝統文化に照らしていえば,中沢新一のいう「タマ」のことである。以下において,説明の都合上,私は,人の霊的実在を魂(タマシイ)と呼び,物の霊的実在を「タマ」と呼ぶことにする。贈り手の魂は贈与物の「タマ」を引き連れて受け手の魂のところに行くのだ・・・・と考えれば理解しやすいのではないか。私はそのように理解している。
(注) 中沢新一のいう「タマ」については,次をクリックしてください!
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/6jisan15.html


 受け手は、贈られてきたものをさっさと使用すると同時にお返しをしないと、贈り手の魂や贈与物の「タマ」は受け手に祟ることになるらしい。これもモースの贈与論にはここまで書いてないが,私はそう考えている。祟りは恐ろしい。下手をすると死ぬことだってあるのだ。したがって、贈与という行為には「死の観念」が内在している。「死の観念」・・・それが肝心なところである。
 贈与に「死の観念」が内在しているということは,仏の送り手と受け手の間にと魂と「タマ」が介在するのだと考えを進めていけば,貨幣にも「死の観念」が内在しているということが判るだろう。今村仁司がその著書「貨幣とは何だろうか」(ちくま新書、1994年9月,筑摩書房)の中で述べているが,「死の観念」は,一方で墓をつくるように,他方で貨幣をつくるのだそうだ。貨幣とはそういう種類の存在らしい。
 だから,貨幣はさっさと使用しなければならないのだ。貯蓄するなどとんでもない。死ぬようなことはなくとも碌なことはない筈だ。江戸っ子のように宵越しの金は持たない方が良い。貯蓄して利子が利子をよぶなんてことはとんでもないことだ。貨幣を長く持てば,今とは逆に,マイナスの利子がつくぐらいの方が健全なのである。せめて利子はつかないようにしなければならない。それが地域通貨だ。

 以上である。私が前に書いた「地域通貨の哲学」という小文の紹介は以上で終わるが,ここで念のため,モースの贈与論を補強するものとしてわが国における縄文時代の循環の観念を紹介しておきたい。
 東京都北区王子の飛鳥公園の近くにある七社神社前遺跡の土坑墓から誠に貴重な遺物(木の葉文浅鉢形土器)が出土した。小杉康(北海道大学助教授)の解釈によれば,これは回帰的威信財であって、宇宙的な円環に沿って循環し続ける「循環の象徴」であるらしい(「縄文のマツリと暮らし」、小杉康、2003年2月,岩波書店)。
 モースは贈与論の中で「(贈与財は)贈り手に,最後の受け手になった最初の贈り手に対する権威つまり権力を与える。・・・・なぜなら、誰かから何かをもらうことは,その誰かの精神的な本質つまり魂のなかのいくらかを受け取ることでもあるからだ。このようなものを保持しつづけることは危険であり,死をもたらす」・・・と言っている(「貨幣とは何だろうか」、今村仁司、ちくま新書、1994年9月,筑摩書房)。
 わが国においても,縄文時代にこういう循環の観念があったことは面白いではないか。
 ところで、私がここで言いたいのは,私が提唱する地域通貨も、またムハマド・ユヌスのソーシャルビジネスに対する資本投資も、ともに利子なり配当はないので贈与財と考えていいのではないかということと「補食の欲望」が見事に「生命の欲望」に転轍されているということだ。それらは回帰的威信財であって,宇宙的な円環に沿って循環し続ける「循環の象徴」であるということだ。「補食の欲望」が見事に「生命の欲望」に転轍されているが故に,それらは見事に循環するのである。それらが見事に循環するということは、とりもなおさず盛んに仕事が行なわれるということであろう。

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